西暦1500年は、ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルの海岸に上陸してカリカットに到着し、後土御門天皇が崩御した年である。上陸は4月23日の事で、パウ・ブラジルが豊富に存在していた為に「テッラ・ド・ブラジル」と呼ばれた此の土地の名が、後の国名の由来となった。カリカット到着は9月13日、崩御は10月22日の事で、11月16日には後柏原天皇が第104代天皇として践祚した。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / 韓国の旧暦 / 日本の旧暦 / ヒジュラ暦 / フランス革命暦 / ソビエト連邦暦

≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,500 ジョアン2世が、以下3名の成功を受けて、ペドロ・アルヴァレス・カブラルをインド航海の遠征隊隊長に任命する。
①クリストファー・コロンブス
②ヴァスコ・ダ・ガマ
③バルトロメウ・ディアス
≈ 1,500 1 赤沢朝経率いる数千名の軍勢が、大和国に侵攻する。以下の寺等を焼き討ちにし、大和国北部を占領した。
①喜光寺(現在の奈良県奈良市菅原町)
②法華寺
③西大寺
④額安寺(現在の奈良県大和郡山市額田部寺町)
1,500 1 18 赤沢朝経率いる軍が、秋篠城(現在の奈良県奈良市秋篠町付近)に押し寄せ、以下の人間を始めとする筒井党を破る。
①筒井順賢
②十市遠治
③楢原栄遠
④豊田氏
⑤番条氏
又赤沢率いる軍は、以下等を焼き討ちにした。
①法華寺
②西大寺(現在の奈良県奈良市西大寺芝町)
1,500 1 20 畠山尚順が、紀伊国へ退却する。
1,500 1 30 足利義稙が、楊井津(現在の山口県柳井市)に下向する。
1,500 2 1 足利義稙が、乗福寺(現在の山口県山口市大内御堀)に入る。
1,500 2 19 河野教通が、湯築城にて病死する。
≈ 1,500 3 赤沢朝経が、興福寺の領地に段銭を掛ける。
1,500 3 9 ペドロ・アルヴァレス・カブラルが、13隻の船と1,500名の隊員と共に、タホ川下流のリスボンから出発する。南米を目指して西へ向かい、喜望峰を回ってインドへ向かうルートを採った。以下2名も乗船した。
①ヴァスコ・ダ・ガマ
②バルトロメウ・ディアス
ガマは航海のコースに必要な指示を与えた。
≈ 1,500 4 足利義稙が、大内氏館(現在の山口県山口市大殿大路)に招かれる。
1,500 4 3 大内義興が、大内氏館(現在の山口県山口市大殿大路)にて、足利義稙を以下の32膳(25献+2供御+4御台+御菓子)で饗応する。
御立物
式御肴三献
御手懸
御肴次第
①初献
❶きそく
❷雑煮
❸五種盛り
②弐献
❶刺身鯉子付
❷菱喰皮入り
❸海老舟盛
③参献
❶縮み鮑
❷鯉の煮物
❸蛸
④供御
❶鯛の焼物
❷塩引
❸背腸
❹鮒膾
⑤供御
❶塩
❷数の子
❸干鯛
❹子鱁鮧
⑥弐御台
❶鳥の焼物
❷鮭の焼物
❸鯉
❹刺身鯛
❺御汁
❻鱧
❼この桶
❽鯛
⑦参御台
❶大蒲鉾
❷雁の皮入り
❸貝鮑
❹御湯土器重
❺蛸味噌焼
❻わけの供御
⑧四御台
❶氷羹
❷白魚
❸雁の焼物
❹御汁
❺水母
❻冷製海鞘
⑨五御台
❶鮒焼浸
❷御汁海豚
❸太煮
⑩御菓子
❶まつき
❷削栗
❸昆布
❹蜜柑
❺ところ
❻飴
❼串柿
❽胡桃
❾海苔
⑪四献
❶小蒲鉾
❷鮒丸煎め入
❸栄螺盛こぼし
⑫五献
❶角又
❷三方尖
❸御添物鵠生鳥
⑬六献
❶刺身鱸
❷醤煎
❸鮑
⑭七献
❶とっさか
❷饅頭
❸御添物蝤蛑甲盛
⑮八献
❶小串刺し鯛
❷腹子の煎物
❸雲丹
⑯九献
❶茹で西貝
❷鶴煎物
❸数の子
⑰拾献
❶大根
❷蒸し麦
❸御添物羽敷鶉
⑱拾壱献
❶刺身鰤
❷鮎の煎物
❸蛤
⑲拾弐献
❶岩茸
❷うんぜんかり
❸御添物牡蠣
⑳拾参献
❶つべた貝
❷やまぶき煎
❸くるくる
㉑拾四献
❶雉の足
❷海老羹
❸御添物鰤子
㉒拾五献
❶さし水母
❷鱏の煎物
❸馬刀貝
㉓拾六献
❶蓮根
❷羽羊羹
❸海鞘
㉔拾七献
❶小串刺し雁
❷鱈の煎物
❸唐墨
㉕拾八献
❶刺身鯒
❷のりからみ
❸飯蛸
㉖拾九献
❶焦がし海老
❷つま重ね
❸羽ふし和え
㉗廿献
❶ほろふ
❷寸金羹
❸御添物凝煮鮒
㉘廿壱献
❶刺身鰤
❷鴨の煎物
❸鱈子
㉙廿弐献
❶鰆せんばん焼
❷赤鮋煎物
❸橘焼
㉚廿参献
❶貽貝
❷鰤の煎物
❸削り塩引
㉛廿四献
❶揉み栄螺
❷鶫煎物
㉜廿五献
❶刺身名吉
❷𩸽煎物
❸しとと焼
1,500 4 22 ペドロ・アルヴァレス・カブラル一行が山を発見する。「モンテ・パスコアル(現在のブラジルのバイーア州)」と名付けた。
1,500 4 23 ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルの海岸に上陸する。
1,500 4 25 ペドロ・アルヴァレス・カブラルの全艦隊がポルト・セグーロ(現在のブラジルのバイーア州)に入る。カブラル達は、上陸した土地は島であると考え「真の十字架の島(ベラクルス島)」と名付けた。此の土地には赤色染料の原料となるパウ・ブラジルが豊富に存在していた為、ポルトガルの商人達は「テッラ・ド・ブラジル(ブラジルの地)」と呼んだ。此れは後の国名「ブラジル」の由来となった。
1,500 5 3 ペドロ・アルヴァレス・カブラルが、当初の目的である喜望峰経由でのインドへの航海を再開する。
1,500 5 24 ペドロ・アルヴァレス・カブラル一行が、喜望峰付近で激しい嵐に遭い、バルトロメウ・ディアスの船を含む4隻が失われる。
≈ 1,500 7 赤沢朝経が、以下の土地を、配下に知行地として与える。
①田井庄(現在の奈良県天理市、筒井党から取り上げた)
②大市荘(現在の奈良県天理市柳本町、筒井党から取り上げた)
③若槻荘(現在の奈良県大和郡山市)
④番条荘(現在の奈良県大和郡山市)
⑤伊豆七条荘(現在の奈良県大和郡山市)
1,500 7 16 ペドロ・アルヴァレス・カブラル一行がソファラ(現在のモザンビーク)に到着する。
1,500 7 20 ペドロ・アルヴァレス・カブラル一行がモザンビーク島(現在のモザンビークのナンプーラ州)に到着する。
1,500 8 2 ペドロ・アルヴァレス・カブラル一行がメリンデ(現在のケニアのキリフィ県)に到着する。インドへ向かう為の水先案内人を雇った。
1,500 8 10 ディオゴ・ディアスが指揮する船の内1隻が、悪天候により集団から離れる。そして、後に「マダガスカル」と呼ばれる島を発見した。
1,500 9 13 ペドロ・アルヴァレス・カブラルが、カリカット(現在のインドのケララ州コーリコード)に到着する。カブラルは、香辛料の交易を行なった。
1,500 9 20 畠山尚順が、和泉国衆を引き連れ、紀伊国から和泉国に侵攻する。
1,500 9 25 畠山尚順が、以下の寺の衆徒と共に、第20代室町幕府和泉国守護細川元有の居城である岸和田城(現在の大阪府岸和田市岸城町)を攻撃する。
①根来寺(現在の和歌山県岩出市根来)
②粉河寺(現在の和歌山県紀の川市粉河)
結果、畠山は勝利し、以下2名は、神於寺(現在の大阪府岸和田市神於町)にて自害した。
①元有
②細川基経
元有・基経は、元々畠山に付いていたが、細川政元に下っていた。
1,500 9 26 畠山尚順率いる軍が、高屋城を攻撃する。
1,500 10 9 以下2名率いる軍が、高屋城を包囲していた畠山尚順率いる軍を破る。
①赤沢朝経
②薬師寺元一
大敗を喫した畠山は、紀伊国へ逃げ帰った。
1,500 10 17 畠山尚順方の首級が京都に届けられる。侍身分だけで422名分有った。
1,500 10 22 後土御門天皇が、清涼殿の黒戸御所(現在の京都府京都市上京区京都御苑)にて崩御する。
1,500 11 16 後柏原天皇が、第104代天皇として践祚する。