西暦1481年は、スペインのユダヤ人街がサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の門に移設され、足利義澄が生誕した年である。足利義澄の生誕は1月15日の事で、初代堀越公方足利政知と、政知の側室の円満院の間に、伊豆国堀越にて生まれた。5月31日には河野教通の手により石手寺の造営が完了し、9月24日には足利義尚主催の「着到千首和歌」が禁裏にて、12月11日には「将軍家三十番歌合」が開催された。

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年月日 出来事
1,481 スペインのユダヤ人街が、カテドラル(大聖堂)からサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂(現在のスペインのガリシア州ア・コルーニャ県)の門に移設される。
1,481 陶弘護が、伊勢神宮を参詣する。
1,481 1 13 大内政弘が、安東俊国に、仲津郡天生田荘(現在の福岡県行橋市)の一部を恩賞として与える。
1,481 1 15 以下2名の間に、足利義澄が、伊豆国堀越(現在の静岡県伊豆の国市寺家)にて生誕する。
①初代堀越公方足利政知
②武者小路隆光の娘で政知の側室の円満院
1,481 1 22 河野教通が、国分寺(現在の愛媛県今治市国分)に於いて、諸給人の飲酒を禁止する。
1,481 5 31 河野教通の手により、石手寺の造営が完了する。本堂・山門等が再建された。
1,481 7 19 河野教通が、鳥生雅楽助に、越智郡鴨部荘(現在の愛媛県今治市別名周辺)領家職の1/4を安堵する。
1,481 8 6 河野教通が、日尾八幡神社(現在の愛媛県松山市南久米町)に禁制を掲げる。
1,481 9 24 足利義尚主催の「着到千首和歌」が、禁裏にて開催される。後土御門天皇等が詠人として参加し、飛鳥井雅親が点者を務めた。
1,481 9 26 河野教通が、善応寺の寺領を安堵し、境内に禁制を掲げる。
≈ 1,481 10 陶弘護が、周防国へ帰国する。
1,481 12 11 足利義尚主催の「将軍家三十番歌合」が開催される。足利も詠人として参加し、飛鳥井雅親が判者を務めた。