西暦1480年は、日野富子が京の七口に新関所を開設し、陶弘護が筑前国守護代職を弟右田弘詮に譲った年である。新関所は応仁の乱で荒廃した内裏の修造費用を捻出するという名目で開設され、通行税の徴収が始められた。又2月1日には北条早雲の工作により、足利義政名義の、今川氏親の家督継承を約束する御教書が発せられたが、小鹿範満は家督を譲らず駿府今川館に居座り続け、5月8日には足利義尚が権大納言に任ぜられた。

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年月日 出来事
1,480 日野富子が、応仁の乱で荒廃した内裏の修造費用を捻出するという名目で、京の七口に新関所を開設し、通行税を徴収を始める。
≈ 1,480 1 陶弘護が、筑前国守護代職を、自身の弟右田弘詮に譲る。其の後陶は、周防国へ帰国した。
1,480 2 1 北条早雲の工作により、足利義政名義の、今川氏親の家督継承を約束する御教書が発せられる。しかし、小鹿範満は家督を譲らず、駿府今川館に居座り続けた。
1,480 3 27 大内政弘が、楞厳寺(現在の大分県中津市耶馬溪町大字三尾母)住持の以下の寺領を安堵する。
①仲津郡立石
②仲津郡香丸
③宮市の内の一部
④内田法橋跡
⑤上毛郡牧菊丸8町
1,480 5 8 足利義尚が、権大納言に任ぜられる。
1,480 11 29 河野教通が、石手寺(現在の愛媛県松山市石手)再興に着手する。