西暦1,480年は、京・駿河・西国のそれぞれで次代の権力配置が動き始めた年である。日野富子は、応仁の乱で荒廃した内裏の修造費用を捻出するという名目で、京の七口に新関所を開設し、通行税の徴収を始めた。内裏の修繕は西暦1479年5月17日に始まっており、西暦1477年に畠山義就へ1,000貫文を貸し付けた富子の財の蓄積は此処でも続いている。5月8日には前年に政務を執り始めた足利義尚が権大納言に任ぜられた。駿河国では、2月1日に北条早雲の工作により、足利義政名義の、今川氏親の家督継承を約束する御教書が発せられたが、小鹿範満は家督を譲らず、駿府今川館に居座り続け、氏親の家督継承が実現するのは西暦1487年を待つ事となる。西国では、西暦1478年に筑前国守護代となった陶弘護が、1月頃に同職を自身の弟右田弘詮に譲り、其の後周防国へ帰国し、3月27日には大内政弘が楞厳寺(現在の大分県中津市耶馬溪町大字三尾母)住持の、仲津郡立石・仲津郡香丸・宮市の内の一部・内田法橋跡・上毛郡牧菊丸8町の寺領を安堵した。伊予国では、11月29日に河野教通が石手寺(現在の愛媛県松山市石手)の再興に着手し、造営は西暦1481年5月31日に完了する。

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年月日 出来事
1,480 日野富子が、応仁の乱で荒廃した内裏の修造費用を捻出するという名目で、京の七口に新関所を開設し、通行税を徴収を始める。
1,480 1 陶弘護が、筑前国守護代職を、自身の弟右田弘詮に譲る。其の後陶は、周防国へ帰国した。
1,480 2 1 北条早雲の工作により、足利義政名義の、今川氏親の家督継承を約束する御教書が発せられる。しかし、小鹿範満は家督を譲らず、駿府今川館に居座り続けた。
1,480 3 27 大内政弘が、楞厳寺(現在の大分県中津市耶馬溪町大字三尾母)住持の以下の寺領を安堵する。
①仲津郡立石
②仲津郡香丸
③宮市の内の一部
④内田法橋跡
⑤上毛郡牧菊丸8町
1,480 5 8 足利義尚が、権大納言に任ぜられる。
1,480 11 29 河野教通が、石手寺(現在の愛媛県松山市石手)再興に着手する。
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