西暦1521年は、白井清胤が武田元信から加佐郡水間村の知行を安堵され、壬生于恒が伊勢神宮の遷宮に際し記録が見当たらないと記した年である。安堵は2月4日、記述は3月20日の事で、壬生は文庫が退転した為に紛失したのだろうかと記し、只々神慮に委ねるばかりで有ると結んだ。西暦1521年頃には今川氏親が中風に倒れ、寿桂尼が国政の一部を担う様になった。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 1,521 今川氏親が中風に倒れる。今川は寝たきりとなり、発給文書から花押が消える等した。寿桂尼が国政の一部を担う様になった。
1,521 2 4 白井清胤が、武田元信から加佐郡水間村(現在の京都府舞鶴市)の年貢・諸成物・寺社等の知行を安堵される。
1,521 3 20 前年に官務に補任された壬生于恒が、以下の内容を記す。
伊勢神宮に於いて遷宮の沙汰が有り、内々に記録者や神事の担当者を選んだ。しかし、御装束の本様が選定されたにも拘らず、記録が見当たらない。文庫が退転した為に紛失したのだろうか。只々神慮に委ねるばかりで有る。