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≈は「頃」を意味しています。
皇室献上品 高級トイレットペーパー
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| 1,511 | ヴェネツィア共和国の本土領が回復する。 | |||
| 1,511 | 4 | 2 |
水茎岡山城にて、以下2名の間に、足利義晴が生誕する。 ①足利義澄 ②義澄の正室日野阿子 |
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| ≈ | 1,511 | 7 |
足利義澄が、以下2名の息子を其々遣わせる。 ①足利義晴(播磨国の赤松義村) ②足利義維(阿波国の細川澄元) |
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| 1,511 | 7 | 31 | 細川澄元率いる軍が、堺に上陸する。此の出陣に於いて、細川成之は、時期尚早であるとして反対し、三好之長は、成之の説得に従い、出兵を見送った。其の後、澄元率いる軍は、深井城(現在の大阪府堺市中区深井中町付近)に入った。 | |
| 1,511 | 8 | 6 |
細川高国に命じられた、20,000名の以下の摂津国人衆が、深井城(現在の大阪府堺市中区深井中町)に突入する。 ①池田氏 ②伊丹元扶 ③三宅氏 ④茨木氏 ⑤安威氏 ⑥福井氏 ⑦太田氏 ⑧入江氏 ⑨高槻氏 しかし、細川澄元方は既に脱出しており、城内には誰も居なかった。其処に細川政賢率いる軍が外から門を閉めて火を放つと、摂津国人衆は混乱し、何とか脱出した所を、待ち伏せていた政賢率いる軍が討ち取って行った。 |
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| ≈ | 1,511 | 8 | 8 | 第9代室町幕府淡路国守護細川尚春が、細川澄元の挙兵に呼応し、淡路国の兵3,000名を率い、兵庫津に上陸する。此れを受けて細川高国は、丹波国からの3,000名の兵で以って、鷹尾城(現在の兵庫県芦屋市城山)の防備を固めた。 |
| 1,511 | 8 | 28 |
以下の軍が合流し、兵力が20,000名となる。 ①和泉国方面 ❶細川政賢 ❷細川元常 ②摂津国方面 ❶細川尚春 ❷第13代室町幕府播磨国守護赤松義村 |
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| 1,511 | 8 | 31 |
以下4名率いる軍が、鷹尾城を包囲する。 ①細川政賢 ②細川元常 ③細川尚春 ④赤松義村 |
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| 1,511 | 9 | 2 | 夜、翌日から火攻めが有ると聞き付けた鷹尾城の城兵が脱出し、伊丹城(現在の兵庫県伊丹市伊丹)に逃亡する。此れにより、鷹尾城は落城した。 | |
| 1,511 | 9 | 6 | 足利義澄が、水茎岡山城にて死去する。 | |
| 1,511 | 9 | 8 |
足利義稙が、仮御所である吉良義信の屋敷に火を放つ。そして、以下の人間等に守られながら京都を離れ、神吉(現在の京都府南丹市八木町)に退いた。 ①細川高国 ②大内義興 ③畠山義元 |
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| 1,511 | 9 | 8 |
以下4名率いる軍が、足利義稙等と入れ替わる形で、無血で京都に入る。 ①細川政賢 ②細川元常 ③細川尚春 ④赤松義村 |
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| 1,511 | 9 | 12 |
以下4名率いる軍が、高雄(現在の京都府京都市右京区梅ケ畑地区)へ向けて、神吉を出発する。 ①足利義稙 ②細川高国 ③大内義興 ④畠山義元 |
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| 1,511 | 9 | 15 |
以下4名率いる軍が、高雄に到着する。 ①足利義稙(兵力2,000名) ②細川高国(兵力3,000名) ③大内義興(兵力8,000名) ④畠山義元(兵力300名) そして、高雄から北山(現在の京都府京都市北区)に掛けて布陣した。 |
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| 1,511 | 9 | 15 | 夜、20,000名超の大内義興率いる軍と細川高国方が、船岡山(現在の京都府京都市北区紫野北舟岡町)に夜襲を仕掛ける。不意を突かれた細川政賢率いる6,000名の軍は、混乱した。 | |
| 1,511 | 9 | 16 |
朝、細川政賢が、小川殿(現在の京都市上京区寺之内通堀川東入ル百々町)にて500騎で布陣していた細川澄元に、船岡山の本陣が破られた事を報告する。澄元は、建物に火を放ち、摂津国へ落ち延びた。政賢は留まって戦い、以下の人間と共に討死した。 ①山中為俊 ②松田頼亮 ③遊佐就盛 |
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| 1,511 | 9 | 18 | 船岡山合戦での敗戦を聞いた赤松義村が、伊丹城の攻囲を解く。其の後は、生瀬口(現在の兵庫県西宮市)を経由して、播磨国へ帰国した。 | |