西暦1394年は、金融業の特許状の更新が否決され、ユダヤ人がヴェネツィアから再び追放された年である。ヴェネツィア滞在には日数制限が設けられ、黄色の身分標識の着用やシナゴーグ建設や礼拝の禁止、キリスト教徒との婚姻の禁止など数々の制限が設けられた。3月8日には天龍寺で後亀山天皇と足利義満が初めて面会し、10月4日には察度が李氏朝鮮にて捕虜男女12名を送還し、亡命している承察度の引き渡しを要求した。

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年月日 出来事
1,394 金融業の特許状の更新が否決され、ユダヤ人はヴェネツィアから再び追放される。そして、ユダヤ人のヴェネツィア滞在に日数制限が設けられるとともに、黄色の身分標識の着用やユダヤ人によるシナゴーグ建設や礼拝の禁止、ユダヤ人とキリスト教徒との婚姻の禁止など数々の制限が設けられた。
1,394 2 25 以下2名が進貢を行う。
①亜蘭砲(中山王国として22度目)
②甚模結致(南山王国として10度目)
1,394 3 8 天龍寺(現在の京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町)にて、後亀山天皇と足利義満が初めて面会する。
1,394 3 25 後亀山天皇に上皇の尊号が贈られる。
≈ 1,394 6 以下2名が帰還する。
①亜蘭砲
②甚模結致
≈ 1,394 6 察度が李氏朝鮮へ向けて出港する。
1,394 10 4 察度が、李氏朝鮮にて以下3点を実行する。
①礼物を捧げる
②捕虜男女12名を送還する
③亡命している承察度の引き渡しを要求する
≈ 1,394 11 汪英紫の使者耶師姑が、進貢の為、明へ向けて出港する。
≈ 1,394 11 察度の使者亜蘭砲が、進貢の為、明へ向けて出港する。この際珉の使者善佳古耶も同乗した。