西暦1,389年は、中山王国が高麗との間に道を開いた年である。5月頃、亜蘭砲と帕尼芝が帰還した。6月頃、察度が高麗へ向けて出港する。倭寇に捕らわれた高麗人を送り返し、朝鮮の使者を連れて帰った。11月頃には察度の使者亜蘭砲が進貢の為明へ向けて出港し、此の際帕尼芝の使者李仲も同乗している。倭寇は当時東アジアの海を荒らした海賊の集団であり、其の被害者を送り返すという形で、察度は明とは別の相手との関係を開いた。西暦1350年に群臣に推されて中山王国を建て、西暦1373年1月23日に明の冊封を受けた察度が、王自ら船に乗って海を渡った点も此の年の記録の特徴である。西暦1371年の海禁令の下で明との往還を重ねて来た中山王国が、高麗という第二の相手を得た事は、後に島が東アジアの海を繋ぐ位置を占める上での足場となる。察度は翌西暦1390年1月頃に中山王国へ帰還し、同年6月頃には朝鮮の使者を送り返す為に再び海を渡る。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,389 5 以下2名が帰還する。
①亜蘭砲
②帕尼芝
1,389 6 察度が高麗へ向けて出港する。倭寇に捕らわれた高麗人を送り返し、朝鮮の使者を連れて帰った。
1,389 11 察度の使者亜蘭砲が、進貢の為、明へ向けて出港する。此の際帕尼芝の使者李仲も同乗した。
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