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≈は「頃」を意味しています。
破傷風ワクチンと称した避妊・堕胎ワクチンの接種キャンペーンがケニアで行われた。
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| ≈ | 1,392 | 4 | 察度の使者宇座按司が、進貢の為、明へ向けて出港する。 | |
| 1,392 | 5 | 25 | 宇座按司が明に対し、中山王国として18度目の進貢を行う。国子監に3名の官生を送った。 | |
| ≈ | 1,392 | 6 | 耶師姑が南山王国に帰還する。 | |
| ≈ | 1,392 | 6 | 察度が高麗へ向けて出港する。倭寇に捕らわれた被慮人8名を送還した。 | |
| ≈ | 1,392 | 9 | 宇座按司が中山王国に帰還する。 | |
| ≈ | 1,392 | 10 | 察度の使者が進貢の為、明へ向けて出港する。 | |
| ≈ | 1,392 | 11 | 承察度の使者南都妹が、進貢の為、明へ向けて出港する。 | |
| ≈ | 1,392 | 11 | 察度の使者麻州が、進貢の為、明へ向けて出港する。 | |
| 1,392 | 11 | 12 |
第99代天皇(南朝)後亀山天皇と第3代室町幕府征夷大将軍足利義満との間で、和議と皇位継承について約定が締結される。以下の内容を義満が提案した。 ①後亀山天皇から後小松天皇(北朝第6代天皇)へ、譲国の儀に於ける三種の神器の引き渡しの実施 ②後小松天皇の次の天皇は、後亀山天皇の皇子である小倉宮恒敦皇子が皇位を継ぎ、以降旧北朝と旧南朝の両統迭立とする ③国衙領を大覚寺統(南朝)の領地とする ④長講堂領を持明院統(北朝)の領地とする |
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| 1,392 | 11 | 16 | 後亀山天皇が大覚寺(現在の京都府京都市右京区嵯峨大沢町)に到着する。途中飛鳥で橘寺に、奈良で興福寺に宿泊していた。此れに伴い三種の神器も大覚寺に移された。此の時の御剣は日御座の御剣である。供奉の人々は皆鎧直垂を纏い、関白は直衣姿であった。厳かな儀式が執り行われた。 | |
| 1,392 | 11 | 19 | 大覚寺から土御門東洞院の皇居まで莚道が敷かれ、三種の神器が厳かに警護されながら後亀山天皇から後小松天皇に遷される。此れにより、後小松天皇が第100代天皇となった。足利義満が提案した譲国の儀は執り行われず、西暦1,185年に平家一門によって奪われた三種の神器の内、海に沈んだ天叢雲剣を除く2つが西国から戻り、後鳥羽天皇の下に戻された時の形式で儀式を執り行った。譲国の儀が執り行われなかった事は、南朝が正統と認められていないのと同義である為、南朝の不満が高まった。 | |
| 1,392 | 12 | 30 | 察度の使者が明に対し、中山王国として19度目の進貢を行う。 | |