西暦1533年は、スペインの征服者フランシスコ・ピサロによってインカ帝国が滅ぼされた年である。西暦1533年頃には壬生于恒が、新たに私邸を構える事と文庫の修繕に準じる様仰せられた事に就いて、後奈良天皇のご慈悲が有るとはいえ京都の混乱により放置出来ない状況であるとし、ご裁断を賜りたいと記した。動乱の最中に文書が雑然とした事や、蓬屋が川勝寺口の戦いによって破壊された事も記している。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,533 スペインの征服者フランシスコ・ピサロによってインカ帝国が滅ぼされる。
≈ 1,533 壬生于恒が以下の主旨の内容を記す。
1つの事案に就いて相談申し上げます。新たに私邸を構える事、又文庫の修繕に準じる様仰せられた事に就いて、後奈良天皇のご慈悲が有るとはいえ、京都の混乱により、此の件を放置する事は出来ない状況です。ご判断を頂けなかったでしょうか。何度も申し付け、書状を送っております。2年1ヶ月が過ぎ、漸く太平の世となった今、ご裁断を賜りたく存じます。動乱の最中に文書が雑然とし、放置されている状態です。蓬屋が、川勝寺口の戦いによって破壊されました。其の後様々な場所で寄宿や術策を手を尽くしましたが、全て尽きてしまいました。恐れ多い事に阿保今雄殿以来の奉公を続ける様命じられました。此の能力に非ずとも、益々家業に励むのが相応しいと存じます。