西暦1590年は、小田原城が包囲されて北条氏直が降伏し、徳川家康が江戸に入府した年である。包囲は5月6日、降伏は8月3日、入府は8月30日の事で、此の間の8月10日には北条氏政、北条氏照が自害した。9月19日には、島津義久が第7代琉球王国第二尚氏王統尚寧王に対して、上洛し、豊臣秀吉の関東平定を祝する言葉と、公式儀礼船である綾舟と管弦楽団を贈る様促す主旨の書簡を送った。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,590 5 6 小田原城が包囲される。
1,590 7 25 豊臣秀吉が和議の策を進める。一方、韮山城代の北条氏規も北条氏政等に和議を勧めた。
1,590 8 3 北条氏直が降伏する。
1,590 8 10 北条氏政、北条氏照が自害する。
1,590 8 30 徳川家康が江戸に入府する。
1,590 9 19 島津義久が第7代琉球王国第二尚氏王統尚寧王に対して、上洛し、豊臣秀吉の関東平定を祝する言葉と、公式儀礼船である綾舟と管弦楽団を贈る様促す主旨の書簡を送る。しかし琉球使節派遣は遅延し、後の西暦1,609年に島津家の琉球侵攻を正当化する要因となった。