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≈は「頃」を意味しています。
皇室献上品 高級トイレットペーパー
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| ≈ | 1,498 | 3 | 興福寺の学侶・六方衆の集会が開かれ、畠山尚順が自身の馬廻衆に万歳氏から奪った所領を与えた件に就いて議題に挙がる。尋尊は「神国大和に武家の家臣が領地を持つなど前代未聞だ」と怒りを込めて記した。 | |
| ≈ | 1,498 | 3 |
吉見義隆が活動を活発化させる。以下2名の下に赴き、双方に対して和平交渉を重ねた。 ①細川政元 ②畠山尚順 公家達は、足利義稙が京都に戻ると予測し、吉見に贈り物を送り、接近した。一方、足利方の和平反対派の種村視久は、家臣の杉川平左衛門を派遣して尋尊に足利の意向を伝え、交渉を妨害する工作を展開した。 |
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| 1,498 | 5 | 20 | ヴァスコ・ダ・ガマがポルトガルの援助を受けて、インドのコーリコードに到着。 | |
| 1,498 | 5 | 30 | クリストファー・コロンブス一行がサンルーカル・デ・バラメーダ(現在のスペインのアンダルシア州カディス県)を出港する。 | |
| ≈ | 1,498 | 7 | クリストファー・コロンブス一行が現在のベネズエラのデルタアマクロ州のオリノコ川の河口に上陸する。 | |
| ≈ | 1,498 | 7 | 吉見義隆が和平を実現する事が出来ない儘、越中国へ帰国する。双方共に反対派の声を無視出来ず、細川政元側は、細川政賢が再び強く反対した。 | |
| 1,498 | 7 | 30 | クリストファー・コロンブス一行が小アンティル諸島最南端の島を発見し「トリニダ」と名付ける。 | |
| 1,498 | 9 | 11 | 南海トラフを震源とする明応地震が発生する。被害は会津から京都まで広範囲に及び、推定マグニチュードは8.2〜8.4であった。特に東海道一帯で甚大な被害を出し、5,000名以上が死亡した。大半は津波による犠牲者であった。北条早雲は救済の為、駿河国清水から西伊豆へ向かった。 | |
| ≈ | 1,498 | 9 | 北条早雲が下田を攻撃する。足利茶々丸は、身柄を武田方から北条方に引き渡された上で、深根城(現在の静岡県下田市堀之内)にて切腹した。 | |
| ≈ | 1,498 | 9 | 足利義稙が改名を行う。 | |
| 1,498 | 9 | 12 | 六角氏が、芦浦観音寺(現在の滋賀県草津市芦浦町)に毎月の代参と坂本への御用を命じるに当たり、諸関奉行・志那渡(現在の滋賀県草津市志那町付近)宛の過所を発給する。 | |
| ≈ | 1,498 | 10 | 足利義稙が、軍事協力の得られない越中国に見切りを付け、越前国の朝倉貞景を頼り、一乗谷に入る。此れにより、越中公方は事実上崩壊した。 | |
| 1,498 | 11 | 9 | 吉見義隆が、越中国にて切腹する。足利義稙が、吉見が細川政元方と過度な接触を行なっていた事を理由に内通を疑い、切腹に追い込まれた。 | |