西暦1591年は、琉球王国に負担金が要求され、伊勢与一が銭瓶橋(現在の東京都千代田区大手町)に江戸で最初の湯屋を開き、豊臣秀吉が身分統制令を発した年である。要求された負担金は朝鮮侵略の軍役・兵糧米・名護屋城建築で、琉球王国は要求の半分だけを調達して送り、残りの半分は島津家より借りて納め、其の返済はしなかった。湯屋は湯船の無い蒸気浴で、身分統制令は10月8日に発せられた。

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年月日 出来事
1,591 初代鹿児島藩主島津忠恒が、豊臣秀吉の命令と称し琉球王国に以下の負担金を要求する。しかし、琉球王国は要求の半分だけを調達して送り、残りの半分は島津家より借りて納め、その返済はしなかった。
①朝鮮侵略の軍役
②兵糧米
③名護屋城建築
1,591 伊勢与一が銭瓶橋(現在の東京都千代田区大手町)に江戸で最初の湯屋を開く。湯船は無く、蒸気浴であった。
1,591 2 13 豊臣秀吉が、明への遠征の為、常陸以西・四国・九州・日本海の海沿いの諸国大名に以下の号令を発する。
①10万石に付き大船2艘を準備するように命じ、港町は家100軒につき10名の水主を出す。
②天領(筑前・摂津・河内・和泉)は10万石に付き大船3隻、中船5隻を造る。建設費は半額を奉行より支出し、残額は竣工の上で交付する。
③水主は2名扶持とし、残される妻子にも給金を与え、船頭には給米を与える。
④船等は摂津・播磨・和泉に翌年までに集合する。
1,591 10 8 豊臣秀吉が身分統制令を発し、以下の3ヶ条を定めた。違反者は成敗される。
①侍・中間・小者等の武家奉公人が百姓・町人になる事を禁ずる。
②百姓が耕地を放棄して商いや日雇いに従事する事を禁ずる。
③逃亡した奉公人を他の武家が召抱える事等を禁ずる。