西暦1,617年は、江戸幕府が公認の遊廓を初めて認めた年である。幕府は、日本橋葺屋町の東隣に広がる葦の茂る低湿地(現在の東京都中央区日本橋人形町)に遊廓の設置を許可し、遊女屋を営む庄司甚右衛門を惣名主に据えた。葦原と呼ばれた此の地は、後に縁起を担いで吉原と改められる。甚右衛門の請願は西暦1,612年に始まり、江戸の都市整備の度に遊女屋が移転を強いられていた事と、遊女を一箇所に集めた方が取締り易い事を理由としていた。許可に際して課された条件は、客の逗留を一昼夜に限る事、偽って売られてきた娘は調査して親元に返す事、身元不審者や犯罪者を届け出る事、江戸市中に他の遊女屋を置かず遊女を市中へ派遣しない事、建物や衣装を華美にしない事であった。冥加金を得つつ遊女屋を一括して管理し風紀と治安を掌握したい幕府と、市場の独占を求める遊女屋の利害が一致した形であり、遊廓は同時に幕府の耳目としても機能した。営業は翌年、遊女屋十七軒・揚屋二十四軒から始まる。以後、無許可の岡場所との競合が続き、都市の拡大に伴って西暦1,656年に移転を命じられ、翌年の大火(振袖火事)で焼失した後、浅草の日本堤へ移って新吉原となった。此の地の遊廓を元吉原と呼ぶのは其の為である。西暦1,629年の女歌舞伎・女舞・女浄瑠璃の禁止によって女性を排した芝居町が隣接して形を取り、女性を集めた遊廓と対を成してゆく事となる。

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年月日 出来事
1,617 江戸幕府が日本橋葺屋町(現在の東京都中央区日本橋人形町)に遊廓を許可する。
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