西暦1,612年は、一件の贈収賄事件が幕府の宗教政策を転回させた年である。有馬晴信は、先年に長崎港外でポルトガル船マードレ・デ・デウス号を撃沈した恩賞として、鍋島直茂の所領となっていた肥前の旧領三郡(藤津・杵島・彼杵)の回復を徳川家康に願い出ていた。其の意向を知った本多正純の重臣岡本大八は、3月30日に有馬晴信へ接近し、仲介を装って徳川家康の朱印状まで偽造し、都合六千両を騙し取る。沙汰が無い事を訝った有馬晴信が正純へ詰問した事で詐欺は露見し、対決の場で弁明できず偽造も認めた岡本大八は下獄した。窮した岡本大八は獄中から、有馬晴信が長崎奉行長谷川藤広の殺害を企てていると訴え出る。4月18日、大久保長安邸での尋問で有馬晴信は害意を認めた。4月21日、岡本大八は朱印状偽造の罪で駿府市中を引き回された上、安倍川の河原で火あぶりに処され、翌22日、有馬晴信は甲斐国へ流罪となって所領四万石を没収され、6月5日に生を終えた。切腹を命じられたものの、キリシタンである為に自害を拒み、家臣に首を打たせたと伝わる。享年四十六。事件が幕府に与えた衝撃は、詐欺の規模其のものよりも、有馬晴信と岡本大八が共にキリシタンであり、徳川家康の膝下にまで信徒が及んでいると露呈した点に有った。岡本大八を処した4月21日と同じ日、江戸幕府は天領に対してキリスト教の禁教令を布告し、教会の破壊と布教の禁止を命じている。此の統制は西暦1,614年に全国へ拡大され、天領とされた有馬氏の旧領島原半島は、後の島原の乱の舞台となってゆく。

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年月日 出来事
1,612 3 30 有馬晴信が佐賀藩藩祖の鍋島直茂の所領となっている旧領3郡を徳川家康に願い出て回復しようしている事を知った老中本田正純の重臣岡本大八が、有馬に接近する。後に有馬は6,000両を大八に渡すが、その後江戸幕府から旧領回復の沙汰がなかった為不審に感じた有馬が本田に詰問した為、幕府は有馬と岡本を対決させる事とした。有馬は数通の証文を提出し、これに対して岡本は全く弁明ができず、朱印状の偽造も認めた為、岡本は下獄される。後に岡本は、獄中から、有馬が長谷川藤広を殺害しようとする計画を有していると訴える。
1,612 4 18 老中大久保長安邸で有馬晴信と岡本大八が尋問され、晴信が害意を認める。
1,612 4 21 江戸幕府は、天領に対し、キリスト教の禁教令を布告し、教会の破壊と布教の禁止を命じた。
1,612 4 21 岡本大八が、朱印状偽造の罪で駿府市中を引き回しの上、安倍川の河原で火あぶりの刑に処される。
1,612 4 22 有馬晴信が甲斐国へ流罪となり、所領4万石も改易の上没収となる。
1,612 6 5 有馬晴信が自害させられる。
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