以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
クリストファー・コロンブスは偉人では無い。
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| 1,475 | 此の年、京都で洪水・暴風雨等の自然災害が頻発する。 | |||
| ≈ | 1,475 | 1 | 25 | 高山城が、小早川弘景率いる西軍の攻撃により、落城寸前となる。此れを受けて足利義政は、領主の小早川元平を急ぎ帰国させた。又足利は、再度毛利豊元を呼び寄せた。小早川敬平も京都から戻って来た。足利は御教書を発し、近隣の豪族に敬平を助ける様命じた。此れによって東軍は盛り返した。 |
| 1,475 | 2 | 6 | 応仁の乱の勃発以降休止されていた朝廷儀式が再開される。 | |
| 1,475 | 2 | 18 | 室町幕府が、再度毛利豊元を招く。 | |
| 1,475 | 4 | 7 | 両軍が備後国で交戦する。毛利豊元は、自身の家臣である国司有純を遣わせ、情勢を報告させた。 | |
| 1,475 | 4 | 10 |
両軍が以下にて交戦する。 ①沼田荘真良(現在の広島県三原市高坂町) ②沼田荘本郷(現在の広島県三原市) |
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| ≈ | 1,475 | 4 | 26 | 此の時点で西軍は、高山城の包囲を続けていた。 |
| 1,475 | 5 | 3 | 室町幕府が、重ねて山名是豊に小早川元平への合力を命じる。 | |
| 1,475 | 5 | 6 |
細川政国が、室町幕府の命により、以下の国の被官等に、小早川元平への合力を命じる。 ①備前国 ②備中国 |
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| 1,475 | 5 | 9 | 両軍が、高山城の麓で交戦する。 | |
| 1,475 | 5 | 15 |
小早川元平が、西軍が提示した高山城の包囲を解く条件である、以下の割譲案を呑む。 ①沼田荘熊井田本郷(現在の広島県三原市沼田西町松江) ②沼田荘安直本郷(現在の広島県三原市沼田西町納所・小原・松江・惣定一帯) ③沼田荘梨子羽郷(現在の広島県三原市本郷地区) |
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| 1,475 | 5 | 23 |
西軍が、以下の調停により、高山城の包囲を解き始める。 ①宮元信 ②宮盛忠 又、庄元資以下の東軍も撤退した。 |
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| 1,475 | 5 | 26 | 西軍が高山城から撤退する。 | |
| 1,475 | 9 | 6 | 六角高頼に山門領を押領された延暦寺の衆徒が、室町幕府に六角征伐を願い出る。 | |
| ≈ | 1,475 | 10 |
出雲国に落ち延びていた以下2名が、出雲国の国人衆を率いて上洛する。 ①京極政経 ②多賀高忠 東軍に付いていた京極は、第19代室町幕府出雲国守護に補任され、六角氏から近江国を奪還する様命じられた。 |
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| 1,475 | 11 | 26 |
六角高頼が、佐々木荘(現在の滋賀県近江八幡市安土町地区)にて以下を破る。 ①京極政経 ②延暦寺山門衆徒 |
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| 1,475 | 11 | 26 | 仁保盛安の息子で少弐政資の被官の仁保弘名が、津隈荘(現在の福岡県行橋市上津熊・中津熊・下津熊)40町を下毛郡(現在の大分県中津市)の池永彦次郎へ打ち渡す。 | |