西暦1464年は、足利義視が、実子の居ない足利義政に請われて還俗し、義政の後継者となる事が決定された年である。決定は12月23日の事で、12月30日に義視は還俗し、正親町三条実雅の今出川の屋敷に移住している。又11月1日に河野通秋が病没して河野教通の息子河野通宣が後を継ぎ、12月11日には畠山政長が第19代管領に就任し、同日室町幕府が大内教弘に河野通春征伐を命じた。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,464 富樫泰高が隠居し、富樫成春の嫡男で泰高の大甥の富樫政親が家督を継ぐ。此れにより政親は、第15代加賀国守護(南半国守護)に就任した。
1,464 8 25 河野通秋が、忽那通賢に対し、忽那島(現在の愛媛県松山市野忽那)の東分検断職を安堵する。
1,464 10 30 大内教弘が、善応寺(現在の愛媛県松山市善応寺甲)に禁制を掲げる。
1,464 11 1 河野通秋が病没する。河野教通の息子河野通宣が後を継いだ。通宣は、教通と行動を共にした。
1,464 12 11 畠山政長が、第19代管領に就任する。同日室町幕府は、相国寺の僧承勲を遣わせ、大内教弘に、河野通春征伐を命じた。
1,464 12 23 足利義視が、実子の居ない足利義政に請われて還俗し、義政の後継者となる事が決定される。
1,464 12 30 足利義視が還俗し、正親町三条実雅の今出川の屋敷に移住する。