西暦1461年は、バルナバ・ダ・テルニがペルージャでモンテ・ディ・ピエタという公営の質屋を設立し、河野教通が伊予国守護職と豊後国臼杵荘の返還を要求した年である。フランシスコ会修道士のバルナバ・ダ・テルニは、貧民に対する慈善事業として比較的低い利子で貸出を行った。河野教通の申状は1月頃に提出され、9月頃には大友親繁が、河野教通の要求を退けて豊後国臼杵荘の領知を認める様、室町幕府に訴えている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,461 フランシスコ会修道士のバルナバ・ダ・テルニがペルージャでモンテ・ディ・ピエタという公営の質屋を設立した。貧民に対する慈善事業として、比較的低い利子で貸出を行った。
≈ 1,461 1 河野教通が、室町幕府に対し、古代以来の先祖の勲功を列挙し、最後に近年の河野通春が細川勝元によって伊予国守護に据えられ、河野家の家督を継いだ不慮の儀を嘆き、伊予国守護職と御恩地である豊後国臼杵荘の返還を要求する主旨の申状を提出する。
1,461 6 26 室町幕府が、小早川煕平に対し、越智郡大島の1/4の地頭職を返す。
≈ 1,461 9 大友親繁が、河野教通の要求を退けて豊後国臼杵荘の領知を認める様、室町幕府に訴える。