西暦1444年は、大友親繁が第9代室町幕府豊後国守護職に補任されて第15代大友家当主となり、大友家の両統迭立に終止符が打たれた年である。補任は、氏継系であった親繁が親世系であった第14代大友家当主大友親隆の娘を正室として迎える事を条件とするもので、同年には親繁と親隆の娘の間に大友政親が産まれている。4月22日には室町幕府が安芸国の小早川煕平等に対し、河野教通の援助を命じている。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / 韓国の旧暦 / 日本の旧暦 / ヒジュラ暦 / フランス革命暦 / ソビエト連邦暦

≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,444 氏継系であった大友親繁が、親世系であった第14代大友家当主大友親隆の娘を正室として迎える事を条件に、第9代室町幕府豊後国守護職に補任され、第15代大友家当主となる。此れにより、西暦1,368年以降続いた大友家の両統迭立に終止符が打たれた。又同年、以下2名の間に大友政親が産まれた。
①親繁
②親隆の娘
1,444 4 22 室町幕府が、安芸国の小早川煕平等に対し、河野教通の援助を命じる。
1,444 6 5 河野教通が、忽那通定に対し、四松之跡の名田職と以下3ヶ所の当知行を与える。
①山崎(現在の愛媛県伊予市上三谷)
②小淡
③松前(現在の愛媛県伊予郡)
≈ 1,444 9 室町幕府が、出羽左馬助に、河野教通の援助を命じる。
1,444 9 30 河野教通が、大山祇神社(現在の愛媛県今治市大三島町宮浦)大祝大祝安英に、本知行分を安堵する。
1,444 10 10 河野教通が、忽那通定に対し、忽那島の東分検断職を安堵し、統治・裁判権の行使を認める。