西暦1442年は、千手城・馬見城にて合戦が発生し、平賀頼宗が大内教弘に付いて大内教幸と対峙した年である。合戦は4月頃の事で、教幸は教弘の跡目相続に不満を持ち、大友持直・少弐氏に与していた。12月1日には室町幕府が河野教通に、越智郡大島1/4地頭職を小早川熙平の代官へ引き渡すよう命じている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 1,442 4 以下にて合戦が発生する。
①千手城(現在の福岡県嘉麻市千手)
②馬見城(現在の福岡県嘉麻市馬見)
平賀頼宗も大内教弘に付いて戦闘に参加し、大内教幸と対峙した。教幸は、教弘の跡目相続に不満を持ち、大友持直・少弐氏に与していた。
1,442 12 1 室町幕府が、河野教通に、越智郡大島1/4地頭職を、小早川熙平の代官へ引き渡すよう命じる。