西暦1,446年は、豊前国での合戦の戦功が記録に残された年である。7月6日、豊前国守護代杉武勝が、光岡城(現在の大分県宇佐市赤尾)周辺の5ヶ村に於いて、大内教幸、宇佐郡の上田氏・時永氏・野上氏、下毛郡の秣氏・森山氏が合戦を行なって敵を退けたという主旨の推挙状を出した。推挙状は戦功を上位者へ取り次ぐ為の文書であり、守護代が在地の武士の働きを書き留めて主家へ伝えるという形が此処に見える。大内教幸は西暦1442年4月頃に千手城・馬見城の合戦で大内教弘と対峙し、教弘の跡目相続に不満を持って大友持直・少弐氏に与していた人物であり、西暦1443年1月頃には第15代管領畠山持国から治罰の対象として名指しされていた。其の教幸が三年を経て、大内方の守護代が発する推挙状に戦功を挙げた者として名を連ねている。名指しで追われる側から、働きを取り次がれる側へ立場が移った事になる。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,446 7 6 豊前国守護代杉武勝が、光岡城(現在の大分県宇佐市赤尾)周辺の5ヶ村に於いて、以下の人間が合戦を行なって敵を退けたという主旨の推挙状を出す。
①大内教幸
②宇佐郡上田氏・時永氏・野上氏
③下毛郡秣氏・森山氏
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