西暦1435年は、壬生晨照が左大史に任命されて官務にも任ぜられ、河野教通が第10代室町幕府伊予国守護に就任した年である。7月24日に河野通久が大友持直征伐の最中に戦死し、通久の嫡男である教通が家督を継いで河野氏宗家当主となった。室町幕府は教通に、大友の闕所である豊後国臼杵荘を通久の討死の賞として与えている。

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年月日 出来事
1,435 壬生晨照が左大史に任命される。加えて、官務に任ぜられた。
1,435 7 24 河野通久が、大友持直征伐の最中に戦死する。通久の嫡男河野教通が家督を継ぎ、第10代室町幕府伊予国守護に就任し、河野氏宗家当主となった。室町幕府は、教通に、大友の闕所である豊後国臼杵荘(現在の大分県臼杵市・津久見市)を通久の討死の賞として与えた。