西暦1,421年は、後に伊予国を二分する争いの当事者となる人物が生を享けた年である。此の年頃、河野通元の嫡男河野通春が生誕した。河野氏は伊予国(現在の愛媛県)を本拠とし、代々同国の守護職に連なった一族である。通春は後に予州家の当主として、河野氏宗家と伊予国を巡って争う事となる。其の宗家の側では、西暦1435年7月24日に河野通久が大友持直征伐の最中に戦死して嫡男河野教通が家督を継ぎ、第10代室町幕府伊予国守護に就任し、西暦1438年12月頃には教通が幕府に出仕する為上洛する。同じ一族の内で、京都へ上って幕府に仕える宗家と、在地に拠る予州家という二つの立場が並び立って行った事が、後の争いの下地となる。年代に「≈」が付されている通り、此の生誕は西暦1,421年頃の出来事として位置付けられる。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,421 河野通元の嫡男河野通春が生誕する。
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