西暦1,448年は、伊予国の島嶼部で所職の安堵が行われた年である。4月20日、戒能通明が忽那通賢に対し、忽那島有恒名田職を安堵した。安堵は上位の者が下位の者の所職や所領の保有を認める行為であり、名田職は名と呼ばれる田地の単位を管理して年貢を請け負う権利である。忽那島(現在の愛媛県松山市の中島)は伊予国の北方に浮かぶ島で、瀬戸内の海路を扼する位置に在った。西暦1444年6月5日には河野教通が忽那氏へ四松之跡の名田職と山崎・小淡・松前3ヶ所の当知行を与え、同年10月10日には忽那通定に忽那島の東分検断職を安堵しており、此の年の安堵も其の連なりの中に在る。西暦1441年8月14日頃に始まった河野氏宗家と予州家の争いの中で、島嶼部の在地勢力の所職を誰が保証するかが、そのまま味方を繋ぎ止める手立てとなっていた。翌西暦1449年2月頃には河野通春が細川勝元の支援を受けて第11代室町幕府伊予国守護に就任し、伊予国の情勢は大きく動く。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,448 4 20 戒能通明が、忽那通賢に対し、忽那島有恒名田職を安堵する。
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