西暦1416年は、仙洞御所が炎上し、称光天皇が自ら日御座の御剣を帯びて紫宸殿の防火を指揮した年である。2月25日には三五郎亹が北京で中山王国として60度目の進貢を行って海船を賜り、5月6日には郭義才が南山王国として28度目、韓完義が中山王国として61度目の進貢を行った。7月25日の炎上では、称光天皇の指揮を見て感動した周囲の人々が屋根に上り火の粉を防ぎ、紫宸殿は類焼を免れている。

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年月日 出来事
≈ 1,416 1 末吉大親が中山王国に帰還する。
≈ 1,416 2 慈空禅師が中山王国に帰還する。
≈ 1,416 2 本部大親が中山王国に帰還する。
≈ 1,416 2 他魯毎の使者郭義才が、進貢の為、明へ向けて出港する。
≈ 1,416 2 尚思紹王の使者韓完義が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,416 2 25 三五郎亹が、永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し、中山王国として60度目の進貢を行う。此の際三五郎亹は、海船を賜った。
1,416 5 6 郭義才が、明に対し、南山王国として28度目の進貢を行う。此の際郭義才は、冊封に対し謝意を示した。
1,416 5 6 韓完義が、明に対し、中山王国として61度目の進貢を行う。
≈ 1,416 6 三五郎亹が中山王国に帰還する。
1,416 7 25 仙洞御所が炎上する。紫宸殿も危険な状態に陥った。第101代天皇称光天皇は、自ら日御座の御剣を帯び、紫宸殿の防火を指揮した。其れを見て感動した周囲の人々が、屋根に上り火の粉を防ぎ、紫宸殿は類焼を免れた。
≈ 1,416 10 郭義才が南山王国に帰還する。
≈ 1,416 10 韓完義が中山王国に帰還する。