西暦1,409年は、琉球の使者が明の皇帝の居る北京まで足を延ばした年である。2月頃、尚思紹王の使者三五郎亹が、3月頃には汪応祖の使者大グスク大親が、それぞれ進貢の為明へ向けて出港した。5月25日、三五郎亹が明に対し中山王国として44度目の進貢を行い、此の際三五郎亹は永楽帝の居る北京まで行き、海船を賜った。6月頃には尚思紹王の使者新川大親が李氏朝鮮へ向けて出港し、武寧の側室であった朝鮮人を送還している。7月11日、大グスク大親が永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し南山王国として23度目の進貢を行い、又、李傑が再度国子監に留学した。8月頃に三五郎亹が中山王国へ、10月頃に大グスク大親が南山王国へ帰還している。西暦1373年1月23日の最初の進貢から使者が向かった先は明の都であり、西暦1399年4月頃には戦乱の為応天府へ入る事が出来ずに引き返した事も有ったが、此の年からは皇帝の居る北京が目的地となっている。武寧の側室であった朝鮮人の送還は、西暦1407年5月18日に伝えられた武寧の訃報の後始末に当たり、西暦1389年6月頃に察度が高麗へ渡って以来続く朝鮮との往来の中で行われた。李傑は前年の西暦1408年4月22日に帰国したばかりであり、一年を経ずして再び学府へ戻った事になる。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,409 2 尚思紹王の使者三五郎亹が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,409 3 汪応祖の使者大グスク大親が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,409 5 25 三五郎亹が明に対し、中山王国として44度目の進貢を行う。此の際三五郎亹は永楽帝の居る北京まで行き、海船を賜った。
1,409 6 尚思紹王の使者新川大親が李氏朝鮮へ向けて出港する。武寧の側室であった朝鮮人を送還した。
1,409 7 11 大グスク大親が、永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し、南山王国として23度目の進貢を行う。又、李傑が再度国子監に留学した。
1,409 8 三五郎亹が中山王国に帰還する。
1,409 10 大グスク大親が南山王国に帰還する。
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