西暦1407年は、三五郎亹が武寧の訃報を伝え、尚思紹王を武寧の世子として永楽帝に冊封を請うた年である。2月頃に武寧の使者タキと尚思紹王の使者三五郎亹が其々進貢の為明へ向けて出港し、4月8日にタキが明に対し南山王国として21度目の進貢を行った。冊封を請うたのは5月18日の事で、三五郎亹は此の日中山王国として42度目の進貢を行っている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 1,407 2 武寧の使者タキが、進貢の為、明へ向けて出港する。
≈ 1,407 2 尚思紹王の使者三五郎亹が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,407 4 8 タキが明に対し、南山王国として21度目の進貢を行う。
1,407 5 18 三五郎亹が、中山王国として42度目の進貢を行う。此の際三五郎亹は、武寧の訃報を伝え、尚思紹王を武寧の世子として、第3代明皇帝永楽帝に対し冊封を請うた。
≈ 1,407 7 タキが南山王国に帰還する。
≈ 1,407 8 三五郎亹が中山王国に帰還する。