西暦1396年は、中山王国が明への26度目の進貢を行い、武寧の使者が明へ派遣された年である。3月頃に察度の使者越来按司が進貢の為明へ向けて出港したが、察度は前年に死去しており、承察度は亡命し、李氏朝鮮に居た。5月27日には越来按司が中山王国として26度目、使者・官生と呉宜堪弥結致が南山王国として12度目の進貢を明に行い、10月頃には武寧の使者蔡奇阿勃耶が明へ向けて出港している。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,396 2 19 以下2名が進貢を行う。
①程復(中山王国として25度目)
②善佳古耶(北山王国として8度目)
≈ 1,396 3 察度の使者越来按司が、進貢の為、明へ向けて出港する。この際以下2名も同乗した。
①承察度の使者・官生
②汪英紫の使者呉宜堪弥結致
しかし、察度は前年に死去しており、承察度は亡命し、李氏朝鮮に居た。
1,396 5 27 以下2名が明に進貢を行う。
①越来按司(中山王国として26度目)
②使者・官生と呉宜堪弥結致(南山王国として12度目)
使者・官生の貢物は以下であった。
①馬21頭
②方物
また、呉宜堪弥結致の貢物は以下であった。
①馬52頭
②硫黄4,200kg
③蘇木780kg
≈ 1,396 6 以下2名が帰還する。
①程復
②善佳古耶
≈ 1,396 9 以下の人間が帰還する。
①越来按司
②使者・官生と呉宜堪弥結致
≈ 1,396 10 武寧の使者蔡奇阿勃耶が、進貢の為、明へ向けて出港する。この際、三五郎亹と攀安知の使者善佳古耶も同乗した。
≈ 1,396 12 以下2名の汪英紫の使者が、進貢の為、明へ向けて出港する。
①宇座按司
②渥周結致
≈ 1,396 12 察度の使者友賛結致が、進貢の為、明へ向けて出港する。この際、攀安知の使者恰宣斯耶も同乗した。