西暦1,403年は、南山王国の初代の王が世を去り、明から冠服が下された年である。承察度が死去する。1月頃、察度の使者王茂が進貢の為明へ向けて出港し、此の際汪応祖の使者宇座按司も同乗した。同じ頃攀安知の使者善佳古耶も出港している。3月15日、三五郎亹が明に対し中山王国として33度目の進貢を行い、3月31日には善佳古耶が北山王国として12度目の進貢を行って、其の際善佳古耶は冠服を請い、下賜された。4月5日、王茂が明に対し中山王国として34度目、使者・官生と呉宜堪弥結致が南山王国として14度目の進貢を行い、官生の貢物は馬21頭と方物、呉宜堪弥結致の貢物は馬52頭・硫黄4,200kg・蘇木780kgであった。また、王は冠服を賜っている。6月頃には武寧が李氏朝鮮へ向けて出港したが、途上、武蔵国六浦(現在の神奈川県横浜市金沢区)に漂着した。同じ頃三五郎亹が中山王国へ、7月頃に王茂・宇座按司・使者官生・呉宜堪弥結致が、同じ頃善佳古耶が北山王国へ帰還している。承察度は西暦1337年に大里按司として周囲の按司を纏め南山王国を建て、初代南山王国国王に即位した人物であり、西暦1394年10月4日に察度が李氏朝鮮へ引き渡しを要求し、西暦1396年にも亡命先に在ったと記される儘、島へ戻らずに没した事になる。冠服は明の皇帝が臣下へ与える衣冠であり、西暦1373年1月23日に中山王国が受けた中山王の称号と暦や船に続いて、装いの面でも明の秩序へ組み込まれて行った事を示している。武寧の船が武蔵国まで流された一件は、朝鮮への航路が季節風と潮に大きく左右されるものであった事を物語る。武寧は翌西暦1404年1月頃に帰還し、同年4月1日には三五郎亹が三十五度目の進貢を果たして海船を賜る。

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年月日 出来事
1,403 承察度が死去する。
1,403 1 察度の使者王茂が、進貢の為、明へ向けて出港する。此の際汪応祖の使者宇座按司も同乗した。
1,403 1 攀安知の使者善佳古耶が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,403 3 15 三五郎亹が明に対し、中山王国として33度目の進貢を行う。
1,403 3 31 善佳古耶が明に対し、北山王国として12度目の進貢を行う。其の際、善佳古耶は冠服を請い、下賜された。
1,403 4 5 以下2名が明に進貢を行う。
①王茂(中山王国として34度目)
②使者・官生と呉宜堪弥結致(南山王国として14度目)
官生の貢物は、馬21頭と方物、呉宜堪弥結致の貢物は馬52頭・硫黄4,200kg・蘇木780kgであった。また、王は冠服を賜った。
1,403 6 武寧が李氏朝鮮へ向けて出港する。途上、武蔵国六浦(現在の神奈川県横浜市金沢区)に漂着した。
1,403 6 三五郎亹が中山王国に帰還する。
1,403 7 以下の人間が帰還する。
①王茂
②宇座按司
③使者・官生
④呉宜堪弥結致
1,403 7 善佳古耶が北山王国に帰還する。
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