西暦1201〜1300年は、源頼家が蹴鞠に耽溺し御家人の所領再分配を命じるも反対され、北条氏が台頭した時代である。重源が東大寺大仏殿の再建に尽力し、和田合戦で北条義時が和田義盛を滅ぼした。源実朝が暗殺され、承久の乱を経て北条氏の執権政治が確立した。モンゴル帝国がユーラシア大陸に拡大した。

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東大寺大仏殿の再建に尽力した重源と陳和卿に関する電子書籍 垣間見える実直さとプライド。
年月日 出来事
1,232 北条時盛が丹波国守護に就任する。
1,232 1 シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍と、マンガル・デヴァ率いるプラティハール族の軍が、グワーリヤルにて戦闘を開始する。
1,232 1 19 晴れの中、五大明王像の御衣木加持が執り行われる。導師は道禅であった。又、藤原頼経が、翌年数え年で15の厄年である事から、お祓いの祈祷も行われた。其の上御本尊の以下が造られ、同じく道禅が開眼供養を執り行った。
①薬師如来
②観音菩薩
③不動明王
1,232 2 15 16時、日御座の御剣の紛失が判明する。
1,232 6 18 鳥の不審な行為により、祈祷として、宇津宮辻子御所(現在の神奈川県鎌倉市小町)にて1,000回のお祓いを行った。又、北条泰時は、北条時氏の三回忌に当たり、墳墓堂に阿弥陀三尊像を新造させ、開眼供養を執り行った。導師は定豪が務めた。
1,232 12 12 シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍が、マンガル・デヴァ率いるプラティハール族の軍を破る。デヴァは逃亡した。イルトゥトゥミシュは、自身の部下のマジュドゥル・ムルク・ジヤウディンに、グワーリヤルの要塞の統治を任せた。
源実朝に関する電子書籍 短期間で位階の昇叙と官職の昇進を重ねたが中身は...