以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
垣間見える実直さとプライド。
| 年月日 | 出来事 | |||
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| 1,228 |
第36代アッバース朝カリフのムスタンスィルが、再び大使をデリーに派遣する。ムスタンスィルは、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュのインドに於ける権威を認め、以下の称号を与えた。 ①ヤミン・ハリーファト・アッラー(神の代理人の右腕) ②ナシル・アミール・アル・ムーミン(忠実なる司令官の補佐) |
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| 1,228 | 尊長による謀反計画への関与が疑われた後白河天皇の第11皇子真禎が、摂津国へ配流される。 | |||
| ≈ | 1,228 | 1 |
シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍が、以下のナースィル・ウッディーン・カバチャの以下の領土を奪取する。 ①タバルヒンダ(現在のインドのパンジャーブ州バティンダー県) ②クフラム(現在のインドのパンジャーブ州パティヤーラー県) ③サルスティ(現在のインドのハリヤーナー州) ④ラホール イルトゥトゥミシュは、ナシルッディーン・アイティムル・アル・バハーイーをムクタに任命した上で、ムルターン奪取を指示し、自身はウチュ(現在のパキスタンのパンジャーブ州バハーワルプル県)に進軍した。 |
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| 1,228 | 1 | 21 |
曇りの中、以下3名により、藤原頼経の護持僧と、陰陽師の順番が決定される。 ①二階堂行村 ②藤原親実 ③後藤基綱 護持僧は以下の通り。 ①上旬 ❶定豪 ❷頼暁 ❸円親 ②中旬 ❶良信 ❷観基 ❸常陸律師 ③下旬 ❶道禅 ❷定清 ❸蓮月房律師 陰陽師は以下の通り。 ①安陪泰貞 ②安陪晴賢 ③安陪重宗 ④安陪親職 ⑤安陪文元 ⑥安陪晴茂 |
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| ≈ | 1,228 | 2 | シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍が、ウチュに近付いて来た時、ナースィル・ウッディーン・カバチャの副官ナシルッディーン・アイティムが、ラホールから進軍し、ムルターンを包囲した。そんな中カバチャは、バッカル(現在のパキスタンのパンジャーブ州)の島の要塞に、ウチュ(現在のパキスタンのパンジャーブ州バハーワルプル県)に保管されていた財宝を運ぶ様ワズィールに命じ、自身は先に船に乗りバッカルの島に逃亡した。 | |
| 1,228 | 2 | 9 | シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍が、ウチュに到着する。そしてイルトゥトゥミシュは、ウチュの包囲を開始した。同時にイルトゥトゥミシュは、ワズィールであるカマールッディーン・ムハンマド・ジュナイディにナースィル・ウッディーン・カバチャを追撃させた。勝ち目の無い状況に陥ったカバチャは、自身の息子で、イルトゥトゥミシュの妃でクトゥブッディーン・アイバクの娘である母を持つアラーウッディーン・バフラーム・シャーを遣わせ、和平交渉をさせた。イルトゥトゥミシュは、カバチャの無条件降伏を条件に和平を提案した。 | |
| 1,228 | 5 | 4 | アラーウッディーン・バフラーム・シャーの目論見通りの条件で条約が締結され、ナースィル・ウッディーン・カバチャが降伏する。此れにより、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュ率いる軍が、ウチュを占領した。ジュナイディは、カバチャが降伏したにも拘らず、バッカルの包囲を続けた。 | |
| 1,228 | 5 | 26 | 夜、ナースィル・ウッディーン・カバチャが、インダス川にて入水自殺する。此れにより、カバチャの部隊は、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュの配下に置かれた。其の後イルトゥトゥミシュは、ムルターンとウチュを総督に任せて、複数の部隊を使って、西のマクラーン(現在のパキスタンのバローチスターン州、現在のイランのスィースターン・バルーチェスターン州)にまで勢力を拡大した。 | |
| 1,228 | 8 | シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュがデリーに到着する。カマールッディーン・ムハンマド・ジュナイディは、イルトゥトゥミシュにシンド(現在のパキスタン)南部の征服を命じられた為、イルトゥトゥミシュに同行しなかった。そして、シンドのワーリーのマリク・シナヌディンもイルトゥトゥミシュの権威を認め、イルトゥトゥミシュは勢力をアラビア海にまで拡大させた。ナースィル・ウッディーン・カバチャの息子や生き残った追随者達も、イルトゥトゥミシュの宗主権を受け入れた。 | ||
| 1,228 | 9 | 6 | 定豪が、第106世東大寺別当に就任する。 | |