以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
垣間見える実直さとプライド。
| 年月日 | 出来事 | |||
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| 1,210 |
以下2名が、未亡人となっていた畠山重忠の妻を、足利義純と再婚させる。 ①北条政子 ②北条義時 足利は畠山氏の名跡を継いだ。 |
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| ≈ | 1,210 | クトゥブッディーン・アイバクに同行してガズニーに赴いていたアリー・マルダン・ハルジーが、タージ・アルディン・ユルディズに捕縛され、投獄される。其の後ハルジーは釈放され、インドに戻った。アイバクはハルジーをラクナウティ(現在のインドの西ベンガル州マールダー県ガウル)に派遣した。 | ||
| 1,210 | フサムディン・イワズ・ハルジーが、アリー・マルダン・ハルジーの部下になる事に同意し、ベンガル総督の職をアリーに譲る。 | |||
| 1,210 | ナースィル・ウッディーン・カバチャが独立を宣言し、ムルターンのムスリム総督となる。 | |||
| 1,210 | 1 | 27 | 北条義時が、源実朝の代参で鶴岡八幡宮寺へ幣を奉納し、源頼朝が定めた元旦初詣を復活させる。頼朝は其の日の吉凶には拘らなかった。 | |
| 1,210 | 4 | 9 | 源実朝が、武蔵国の田文を整備し、国衙の業務として細かく定める。西暦1,196年に鎌倉幕府の手によって国検が行われていたが、目録の作成には至っていなかった。 | |
| 1,210 | 5 | 30 |
大江広元の屋敷で、以下の人間等が和歌会を開催する。 ①源実朝 ②北条義時 ③北条時房 大江は源に以下を贈った。 ①古今和歌集 ②後選和歌集 ③拾遺和歌集 |
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| 1,210 | 7 | 9 | 藤原秀康が上総介に任命される。 | |
| 1,210 | 7 | 30 | 源頼家の正室辻殿が、壽福寺の退耕行勇を戒師として出家する。 | |
| 1,210 | 8 | 29 | 源実朝が、社寺の所領確認と再興を思い立ち、領地の遺失の有無を調べて書き出す様、命令書を各国の守護に発する。 | |
| 1,210 | 10 | 2 |
鎌倉幕府が和歌会を開催する。以下の人間が参加した。 ①源実朝 ②大江親広 ③源光行 ④内藤朝親 |
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| 1,210 | 10 | 26 | 足利義純が死去する。 | |
| 1,210 | 11 | 1 | 源実朝が、諸国の御牧興行を守護・地頭に命じる。 | |
| 1,210 | 11 | 14 | クトゥブッディーン・アイバクが、ラホールにて、ポロの起源であるチョウガンのプレー中に落馬し、鞍の角が肋骨に突き刺さって即死する。アイバクは後継者を指名していなかった。ラホールのマリクやアミール等のトルコ系貴族達は、アーラーム・シャーを後継者として指名した。しかし、ハルジー家やデリースルタン国の各地のトルコ系貴族はシャーの即位に反対した。 | |
| 1,210 | 12 | アーラーム・シャーが、第2代奴隷王朝スルターンに即位する。しかし其の後、様々な地方総督が独立を主張し始めた。軍法長官のアリー・イー・イスマイル率いる貴族の一団は、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュに、奴隷王朝スルターンに即位する様促した。イルトゥトゥミシュは、嘗てクトゥブッディーン・アイバクの奴隷で、ブダウン(現在のインドのウッタル・プラデーシュ州)の総督を務め、アイバクから息子と呼ばれていた為、次期奴隷王朝スルターンの有力候補と見做した。 | ||
| 1,210 | 12 | 8 | 6時、子供の口を借りて西暦1,213年に戦が起きるとのお告げが有ったと、建穂神社(現在の静岡県静岡市葵区建穂)の筆頭の神主が書き出す。 | |
| 1,210 | 12 | 8 |
雪の降る中、大倉御所南面にて和歌会が開催される。以下の人間が参加した。 ①源実朝 ②東重胤 ③和田朝盛 |
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| 1,210 | 12 | 11 | 3日前に建穂神社の筆頭の神主が書き出したお告げが、北条義時経由で源実朝の耳に入る。大江広元が「本当かどうか占いで確かめてみましょうか」と源に提案した。源は「3日前の明け方に私も合戦の夢を見た。建穂神社のお告げと符合するので、私の夢は神仏のお告げであり、偽りの夢では無いだろう。西暦1,213年に合戦が起きるのは明らかなので、占いを行う必要は無い」という主旨の発言をした。源は建穂神社に刀を奉納した。 | |
| 1,210 | 12 | 12 | 後鳥羽上皇の強い意向により、順徳天皇が践祚する。西暦1,183年7月頃に第44代伊勢神宮祭主大中臣親俊が後白河上皇に贈った神宮御剣が採用され、神宮御剣が先、八尺瓊勾玉が後となり、従来の形に戻った。又、日御座の御剣は、天皇のお守り刀としての役割に戻された。 | |