西暦1184年は、東大寺大仏の鋳造が体部にまで進み、天叢雲剣を欠いた儘の即位式が行われた年である。2月18日に陳和卿等が大仏の左手の鋳造を完了させ、6月頃には源頼朝と藤原秀衡が鍍金料を献納し、8月1日には藤原行隆が九条兼実に体部の鋳造完了を報告した。9月4日、後鳥羽天皇の即位式が執り行われたが、天叢雲剣が無かった為、日御座の御剣で代用している。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,184 2 18 陳和卿等が、東大寺大仏の左手の鋳造を完了させる。此の日藤原行隆は九条兼実の下を訪れ、左手の鋳造が完了した旨と、当初は、日本人鋳物師を作業に加えた事に対し、南宋人鋳物師は不快感を示していたが、重源の取り成しにより落着した事について報告した。
1,184 3 31 以下2名が惣追捕使に任命される。
①梶原景時(播磨・美作)
②土肥実平(備前・備中・備後)
≈ 1,184 6 以下2名が、東大寺の大仏の鍍金料を献納する。
①源頼朝:1,000両
②藤原秀衡:5,000両
1,184 8 1 藤原行隆が九条兼実の下を訪れ、東大寺大仏の体部の鋳造が完了した事を報告する。更に、翌月中には仕上げと表面の荘厳、其の後開眼となるだろうと、見通しを述べた。
≈ 1,184 8 宇佐神宮(現在の大分県宇佐市)から年貢米が納められていなかった事、また宇佐神宮大宮司家の宇佐公通が平家方に付いていた為、以下2名等が、宇佐神宮を焼き討ちする。
①臼杵惟隆
②臼杵惟隆の弟緒方惟栄
さらに以下を実行した。
①神殿の破壊
②宝物・古文書の奪取
③神官の殺害
これを受け朝廷は、神罰を恐れ、臼杵と緒方の流罪を決定した。
1,184 9 4 後鳥羽天皇の即位式が執り行われる。天叢雲剣が無かった為、日御座の御剣で代用した。