西暦1101〜1200年は、エルサレムにテンプル騎士団が設立され、源頼朝が鎌倉幕府を開いた時代である。壇ノ浦の戦いで平家が滅亡し天叢雲剣が行方不明となった。源義経が頼朝に追放され、源頼家が誕生した。堀河天皇の騎射会から始まり、日本の武家政権が確立された100年間の出来事を網羅する。

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≈は「頃」を意味しています。

源頼家に関する電子書籍 御家人の側室を奪って逆ギレしたり、僧侶の袈裟を勝手に燃やしたり、台風の被災者を救済せずに蹴鞠に興じたりした駄目将軍。
年月日 出来事
1,197 以下2名が、源頼朝の下を訪れ、源から善光寺への参詣の先駆けを命じられる。
①石川広季
②矢吹光誠
1,197 クトゥブッディーン・アイバクが、グジャラート(現在のインド)を奇襲し、シローヒー(現在のインドのラージャスターン州)にて、グジャラートの王ビーマ2世率いる軍を破る。其の後首都のアンヒルワラ(現在のインドのグジャラート州パータン県パータン)を略奪した。
1,197 シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュの主人ジャマールッディーン・ムハンマド・チュスト・カバがガズニー(現在のアフガニスタン)に帰還する。其処で、グジャラートの遠征から帰還したばかりのクトゥブッディーン・アイバクが、イルトゥトゥミシュに目を留めた。クトゥブッディーンはゴール地方(現在のアフガニスタンのゴール州)の統治者ムイッズッディーン・ムハンマド・イブン・サームに許可を得て、以下2名を購入しようとした。
①イルトゥトゥミシュ
②タムガージ・アイバク
しかし、ガズニーでは人身売買が禁止されていた為、サームは、イルトゥトゥミシュとタムガージをデリーに連れて行く様指示した。カバは、クトゥブッディーンにイルトゥトゥミシュとタムガージを100,000ジタルで売った。イルトゥトゥミシュは王室護衛隊長、タムガージはタバルヒンダ(現在のインドのパンジャーブ州バティンダ)の知事となった。
1,197 3 手向山八幡宮の社殿が再建される。
1,197 4 12 源頼朝が、山井宗頼を伴い善光寺へ参詣する。
1,197 8 28 大姫が病の為死去する。これを受け源頼朝は、自身の弐女三幡を後鳥羽天皇の皇后として入内させる工作を行う為、朝廷の政治に就いての意見を具申する名目で上洛する計画を立てた。
1,197 11 23 一条能保が死去する。
和田合戦に関する電子書籍 北条義時の挑発にまんまと乗ってしまった和田義盛。