西暦1685年は、江戸幕府が長崎貿易の仕組みを大きく作り直した年である。幕府は、其れ迄の貨物市法を廃し、一旦途絶えていた糸割符制度を再興した。併せて定高貿易法を定め、白糸の貿易量を清船銀高6,000貫目、オランダ商館金高50,000両(小判1両=銀60目替えで銀高3,000貫目)に制限した。背景には、西暦1672年に制定された貨物市法の下でも金銀の海外への流出を防ぎ切れず、取引を仲立ちする間銀が汚職の温床になっていたという事情があった。糸割符制度は西暦1604年5月31日にポルトガル船を対象として導入され、西暦1655年に鄭成功の価格操作を受けて廃されたものであり、三十年を経て呼び戻された事になる。相対売買、貨物市法、糸割符と手を替えながら、幕府が抑えようとし続けたのは終始一つ、金銀が国の外へ出て行く事であった。三年後の西暦1688年には、品の量ではなく清船の数そのものが年間70隻に制限される事となる。

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年月日 出来事
1,685 江戸幕府が貨物市法の廃止と糸割符制度の再興を発令した。また、定高貿易法を制定し、白糸の貿易量を清船銀高6,000貫目、オランダ商館金高50,000両(小判1両=銀60目替えで銀高3,000貫目)に制限した。背景として、貨物市法では金銀の流出が防げず、間銀が汚職の元となった事が挙げられる。
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