西暦1,413年は、琉球の使者が北京で永楽銭を賜った年である。1月頃、慈空禅師と本部大親が中山王国へ帰還した。2月頃に汪応祖の使者呉是佳結制が出港し、2月16日に島尻大親が明に対し中山王国として53度目の進貢を行っている。3月頃には尚思紹王の使者三五郎亹が出港し、3月4日にタブチが中山王国として54度目の進貢を行い、又、3名の官生が国子監に留学した。5月頃に汪応祖の使者李仲が出港し、同じ頃島尻大親とタブチが帰還している。5月20日、呉是佳結制が永楽帝の居る北京へ出向いて明に対し南山王国として25度目の進貢を行い、同じ日に三五郎亹も北京で中山王国として55度目の進貢を行って、両名は永楽銭を賜った。6月頃には慈空禅師が日本へ、本部大親が勝連按司の船で李氏朝鮮へ向けて出港している。8月頃に呉是佳結制と三五郎亹が帰還し、9月12日には李仲が北京で明に対し南山王国として26度目の進貢を行った。李仲は病を患い、李傑が福州まで送っている。10月頃に尚思紹王の使者南風原大親が出港し、12月頃に慈空禅師・本部大親・李仲が帰還した。永楽銭は明が鋳た銭であり、貢物への返礼が織物や船から銭へも及んだ事は、往還が交易としての実を増していた事を示している。李傑は西暦1405年5月16日に国子監へ入り、西暦1408年4月22日に帰国し、西暦1409年7月11日に再び留学した人物であり、明に在って病の同胞を送る役を担った事になる。翌西暦1414年1月20日には南風原大親が北京へ出向いて五十六度目の貢を納め、6月頃には慈空禅師と本部大親が再び日本と李氏朝鮮へ発つ。

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年月日 出来事
1,413 1 慈空禅師が中山王国に帰還する。
1,413 1 本部大親が中山王国に帰還する。
1,413 2 汪応祖の使者呉是佳結制が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,413 2 16 島尻大親が明に対し、中山王国として53度目の進貢を行う。
1,413 3 尚思紹王の使者三五郎亹が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,413 3 4 タブチが明に対し、中山王国として54度目の進貢を行う。又、3名の官生が国子監に留学した。
1,413 5 汪応祖の使者李仲が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,413 5 島尻大親が中山王国に帰還する。
1,413 5 タブチが中山王国に帰還する。
1,413 5 20 呉是佳結制が、永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し、南山王国として25度目の進貢を行う。此の際呉是佳結制は、永楽銭を賜った。
1,413 5 20 三五郎亹が、永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し、中山王国として55度目の進貢を行う。此の際三五郎亹は、永楽銭を賜った。
1,413 6 尚思紹王の使者慈空禅師が日本へ向けて出港する。
1,413 6 尚思紹王の使者本部大親が李氏朝鮮へ向けて出港する。勝連按司の船で向かった。
1,413 8 呉是佳結制が南山王国に帰還する。
1,413 8 三五郎亹が中山王国に帰還する。
1,413 9 12 李仲が、永楽帝の居る北京へ出向き、明に対し、南山王国として26度目の進貢を行う。李仲は病を患い、李傑が福州まで送った。
1,413 10 尚思紹王の使者南風原大親が、進貢の為、明へ向けて出港する。
1,413 12 慈空禅師が中山王国に帰還する。
1,413 12 本部大親が中山王国に帰還する。
1,413 12 李仲が南山王国に帰還する。
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