西暦1382年は、中山王国が明への7度目の進貢を行った年である。3月30日、泰期と亜蘭砲が明に対し中山王国として7度目の進貢を行い、6月頃に両名は中山王国に帰還した。11月頃には察度の使者亜蘭砲・承察度の使者師惹・怕尼芝の使者模結習の3名が進貢の為明へ向けて出港したが、亜蘭砲の乗った船は一度宮古島に漂着した。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,382 3 30 以下2名が明に対し、中山王国として7度目の進貢を行う。
①泰期
②亜蘭砲
≈ 1,382 6 以下2名が中山王国に帰還する。
①泰期
②亜蘭砲
≈ 1,382 11 以下3名が、進貢の為、明へ向けて出港する。
①亜蘭砲(察度の使者)
②師惹(承察度の使者)
③模結習(怕尼芝の使者)
だが、亜蘭砲の乗った船は一度宮古島に漂着した。