西暦1336年は、光明天皇の践祚により、2名の天皇が並び立つ形となった年である。7月4日、九州から東上した足利尊氏・足利直義を新田義貞・楠木正成の軍が湊川で迎撃したが敗れ、楠木正成等が自害した。9月20日に光明天皇が三種の神器の無い儘践祚し、12月5日には後醍醐天皇が神器を東寺に引き渡す事に同意したが、後に引き渡された神器は偽物であった。

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年月日 出来事
1,336 足利尊氏が入京すると、後醍醐天皇は延暦寺に逃走し、立て籠る。
1,336 2 26 後醍醐天皇が、延暦寺を頼りに東坂本(現在の滋賀県大津市坂本)へ赴く。三種の神器を持参した。新田義貞の軍も随従した。
1,336 4 22 玉城が死去する。
1,336 7 4 九州から東上した足利尊氏・足利直義を新田義貞・楠木正成の軍が摂津国湊川(現在の兵庫県神戸市中央区、兵庫区)で迎撃する。敗れた正成、部下の橘正遠、正成の弟楠木正季等が自害する。
1,336 9 20 足利尊氏から治天の君に推戴された光厳上皇の院宣により、第2代北朝天皇として光明天皇が践祚する。三種の神器の無い儘での践祚であった。此れにより2名の天皇が並び立つ形となり、後醍醐天皇は事実上の廃帝となった。
1,336 12 5 花山院に幽閉されていた後醍醐天皇が、三種の神器を北朝の御所である東寺に引き渡す事に同意する。此れにより後醍醐天皇は、上皇の称号を得た。しかし、後に東寺に引き渡された三種の神器は偽物であった。