以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
垣間見える実直さとプライド。
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| 1,214 | アレクシオス1世が、スィノプ(現在のトルコ)を防衛している最中にルーム・セルジューク朝軍に捕縛される。降伏を求める使者がスィノプに送られたが、トレビゾンド帝国側は第10代ルーム・セルジューク朝スルタンのカイカーウス1世への降伏を拒否し、アレクシオス1世は拷問を受けた。軈てスィノプは降伏し、アレクシオス1世はカイカーウス1世の家臣となり、後に解放された。 | |||
| 1,214 | タージ・アルディン・ユルディズが、第11代ゴール朝スルターンのアラー・ウッディーン・アトシーズを殺害する。ユルディズは、アトシーズの従兄弟のジャラールッディーン・アリーを救出し、傀儡として第4代ゴール朝領バーミヤーン支配者に据えた。 | |||
| 1,214 | 第7代ホラズム・シャー朝スルターンのアラーウッディーン・ムハンマドが、ガズニーからタージ・アルディン・ユルディズを追放し、ラホールに連行する。ムハンマドは、ラホールの支配権をナースィル・ウッディーン・カバチャに与えた。 | |||
| 1,214 | 1 | 5 | 大江広元が、藤原定家から源実朝に献上する万葉集の一部が届けられる。早速大江は大倉御所へ出向き、万葉集の一部を源に渡した。源は「此れは何よりも勝る宝である」と喜んだ。また、長年藤原の領地である伊勢国小阿射賀御厨(現在の三重県松阪市小阿坂町)が地頭渋谷左衛門尉に横取りされていたが、藤原は争う事はしなかった。しかし、大江から「何か嘆きはありませんか」と書簡で尋ねられた為、農民の負担を軽くする為に渋谷による小阿射賀御厨横取りの件を話し、渋谷の地頭職罷免に至った。 | |
| 1,214 | 1 | 5 | 源実朝が、藤原定家の許可を得て編纂していた「金槐和歌集」の作業が完了する。藤原から源に届けられた663首が収録された。 | |
| 1,214 | 1 | 15 | 西暦1,213年5月23日から翌24日にかけて発生した合戦の戦没者供養の仏事が寿福寺にて執り行われる。導師は明菴栄西が務めた。 | |
| 1,214 | 3 | 11 | 源実朝が二所詣の為出発する。 | |
| 1,214 | 3 | 12 |
源実朝が以下の2社を参詣する。 ①箱根神社(現在の神奈川県足柄下郡箱根町元箱根) ②三嶋大社(現在の静岡県三島市大宮町) |
|
| 1,214 | 3 | 13 | 源実朝が、伊豆山神社(現在の静岡県熱海市伊豆山)を参詣する。 | |
| 1,214 | 3 | 16 | 明菴栄西が、二日酔いの源実朝に「喫茶養生記」を献上する。 | |
| 1,214 | 4 | 20 | 源実朝が、永福寺で桜の花見をする。 | |
| 1,214 | 5 | 24 | 日吉大社(現在の滋賀県大津市坂本)の祭にて、大津の下人達が、日吉大社の摂社である唐崎神社(現在の滋賀県大津市唐崎)にお供えをする。しかし、延暦寺・日吉大社が、先例通りの量が無いとして下人達を責めた。此れを受けて、小浜の相撲清四郎が一族を引き連れ、左方の船に乗って収税係の役人に対して矢を射た。収税係は負傷し、引き上げた。 | |
| 1,214 | 5 | 25 |
朝、三井寺の武者僧達が、相撲清四郎を捕える為に、役僧以下、収税係の役人を大津の港へ向かわせる。軈て喧嘩が始まり、役僧達が逃げ帰る所に、三井寺の武者僧達が追いかけて来て戦闘となった。此れを聞いた延暦寺の衆徒が駆け付け、以下を放火した。 ①錦織(現在の滋賀県大津市)の里 ②西浦(現在の滋賀県大津市大萱)の屋敷 ③三井寺の北院の坊主の宿舎 更に14時には御堂や塔に火を付けた。三井寺は金堂・上下仏閣・僧の居所等が燃やされ全焼し、灰燼と化した。又、東浦(現在の滋賀県大津市春日町)等も被害を受け、最終的に、計129戸が焼失した。 |
|
| 1,214 | 5 | 28 |
大慈寺が完成する。建立の供養に就いて大倉御所に以下の人間等が参集し評議が行われた。 ①源実朝 ②北条義時 ③大江広元 ④三善康信 ⑤二階堂行光 ⑥二階堂行村 実朝は「供養の導師には京都から高僧を招きたい」と発言した。此れに対し北条・大江は「源頼朝殿が勝長寿院を開いた時、京都から高僧が招かれました。其の時、往復の雑事が多くの庶民の煩いとなりました。此れは決して仏の意に適った事ではございません。今回は関東に住む僧を用いられるのが徳政となりましょう」と進言した。 |
|
| 1,214 | 6 | 4 | 公胤が、三井寺の焼失を鎌倉幕府に報告する。 | |
| 1,214 | 6 | 16 |
源実朝が、三井寺の再建を決定し、宇都宮頼綱が、三井寺の復興事業の一環で、日吉大社(現在の滋賀県大津市坂本)の本殿・拝殿の再建を命じられる。他にも以下2名等が、三井寺の再建を命じられた。 ①大内惟義 ②佐々木広綱 |
|
| 1,214 | 7 | 11 | 明菴栄西が、祈雨の為法華経を転読する。 | |
| 1,214 | 8 | 8 | 明菴栄西が、大慈寺の供養の導師に任命される。 | |
| 1,214 | 9 | 3 |
大慈寺の落慶法要が執り行われる。10時、北条政子が大慈寺へ向かった。12時、源実朝が大慈寺へと向かった。行列は以下の通り。 ①前駈 ❶橘惟広 ❷田村仲能 ❸三条親実 ❹蔵人大夫国忠 ❺源朝親 ❻相模権守経定 ❼藤原範宗 ❽村上頼時 ②殿上人 ❶源頼茂 ③御車(車付2名・牛飼い童2名・雑用者18名) ❶実朝 ④御劔役 ❶小野寺秀通 ⑤調度懸 ❶加藤景長 ⑥後騎 ❶北条義時 ❷北条時房 ❸北条泰時 ❹大江広元 ❺大内惟義 ❻大江親広 ❼伊賀朝光 ❽五条有範 ❾三浦胤義 ➓中条家長 ⓫葛西清重 ⓬島津忠久 ⓭佐貫広綱 ⓮春日部実平 ⓯宇佐美祐政 ⓰大江範親 ⓱加藤景長 ⓲大江能範 ⑦随兵 ❶北条朝時 ❷武田信光 ❸結城朝光 ❹佐々木定綱の四男佐々木信綱 ❺森頼定 ❻津々見忠季 ❼下河辺行時 ❽塩谷朝業 ❾大須賀通信 ➓東重胤 ⓫三浦義村 ⓬小田知重 ⑧検非違使 ❶二階堂行村 大慈寺の門に来ると、実朝の牛車から牛を離した。源頼兼が前に出て沓を差し出した。実朝が御堂に上がると、導師を務める明菴栄西が、お供の僧20名を引き連れ入って来た。落慶法要終了後、夜、以下のお布施が与えられた。 ①被り物30枚 ②馬20頭 |
|
| 1,214 | 11 | 18 | 明菴栄西が、大慈寺にて仏舎利を供養する為の法会を執り行う。 | |
| 1,214 | 12 | 15 | 大江広元の在京の家人が、和田義盛・土屋義清の残党が京都で謀反を企み、六波羅を襲撃し、栄実を擁立した事が判明した為、栄実の居る一条北辺りの旅亭を襲撃する。栄実は自刃した。 | |