西暦624年は、イスラム共同体が信仰の向きと武力の双方で自らの立ち位置を定めた年である。2月、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフが礼拝の方向をエルサレム神殿からメッカのカアバ神殿に変更した。3月17日にはバドルで300名を率いてクライシュ族の1,000名と激突し、井戸を押さえて勝利した。

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年月日 出来事
624 2 ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフがイスラム教の礼拝の方向をエルサレム神殿からメッカのカアバ神殿に変更する。
624 3 17 ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフが、シリアからクライシュ族率いるメッカ軍が帰って来る事を聞き、300名を率い、バドル(現在のサウジアラビアのマディーナ州)に出撃した。此れを受けメッカ軍保護の為、残るクライシュ族の600名の重装兵を含む1,000名がバドルに出撃し、両軍が激突する。ハバブ・イブン・ムンドヒールはアブドゥッラーフに1つの井戸を除く全ての井戸を埋める事を助言した。最終的にアブドゥッラーフ率いる軍が素早く要衝を押さえ勝利する。
624 11 ザイド・イブン・ハリータがアル・カラダへ軍事遠征を行う。キャラバンを捕らえるが、メッカの商人の殆どを逃してしまった。