西暦622年は、後にヒジュラ暦の起点とされる年である。ヘラクレイオスがササン朝ペルシアへ遠征し、6月には75名のヤスリブの使節団がアカバで、武力でムハンマドを守る事を誓った。7月16日、ムハンマドとアブー・バクルはメッカを出発し、9月24日にヤスリブへ到着して、礼拝の方向をエルサレム神殿に定めた。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
622 初代ヘラクレイオス朝東ローマ帝国皇帝ヘラクレイオスがササン朝ペルシアへ遠征する。
≈ 622 5 ムスアブ・イブン・ウマイルがヤスリブからメッカに戻り、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフにヤスリブでの布教の成功を報告する。
622 6 男性73名、女性2名から成る75名のヤスリブの使節団がムハンマド・イブン・アブドゥッラーフの元を訪れる。アカバで会見を開き、彼らはアブドゥッラーフを神の使徒として認め、武力でムハンマドとイスラム教を守る事を誓った。
622 7 16 クライシュ族からの迫害を受け、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフとアブー・バクルがヤスリブへ向けてメッカを出発する。
622 9 24 クライシュ族からの迫害を受け、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフとアブー・バクルがヤスリブに到着する。直ちにユダヤ教の制度を取り入れ、礼拝の方向をエルサレム神殿に定めた。