西暦1715年は、富士山噴火の爪痕からの復興が、信仰の場にも及んだ年である。八年前の西暦1707年12月16日の噴火で焼失した須走の冨士浅間神社は、其の再建を願う訴えが重ねられ、此の年、寺社奉行は其の求めに応えて、江戸の市中で勧進を行う事を許した。勧進とは、社寺の造営や修復の為に、広く人々から寄進を募る営みであり、噴火で失われた神社の再興が、江戸の人々の喜捨に託される事となった。西暦1708年9月頃には焼失した37戸へ1,333両の家作御救金が支給され、冨士浅間神社の神主小野家も119両2分を受けていたが、社殿其の物を建て直す金は、公から出るのではなく町から集める事となった訳である。社が再び姿を現すのは、三年後の西暦1718年10月頃の事である。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,715 冨士浅間神社の再建の訴願を受けた寺社奉行が、江戸市中での勧進を許可する。
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