西暦1707年は、ヨーロッパと日本の双方で歴史に残る出来事が相次いだ年である。5月には合同法(連合法)が発効し、スコットランド王国とイングランド王国が一つに統合されてグレートブリテン王国が誕生した。日本では10月、紀伊半島の沖合を震源とする巨大地震が西日本を襲い、これに伴う津波が沿岸に甚大な被害をもたらした。さらに12月には、山鳴りと強い地震が続いたのち富士山が噴火した。噴火による降灰は東方の村々へ降り注ぎ、とりわけ小田原藩の須走村では多くの家屋や社寺が焼失・倒壊し、丹沢山中の皆瀬川村では、数年前の地震で建て直したばかりの家が再び倒壊するなど、度重なる災害に見舞われた。老中で小田原藩主の大久保忠増は、家臣に命じて被害の実情を調べさせた。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,707 5 1 合同法が発行され、スコットランド王国とイングランド王国が併合し、グレートブリテン王国が成立する。
1,707 10 28 14時、紀伊半島の南端から20kmの所を震源としたM8.4の地震が発生する。此れに起因した津波による被害が大きく、此の地震に於ける死者は20,000名超、倒壊・流出家屋は80,000戸とされた。
1,707 10 29 6時、富士宮(現在の静岡県)付近で地震が発生する。前日の紀伊半島に於ける地震の余震とされる。
1,707 12 3 富士山山麓で山鳴りが始まる。
1,707 12 15 夜、富士山山麓で、数十回に渡る強い地震が発生する。
1,707 12 16 10時、富士山が噴火する。富士山噴火の降灰が最も多かったのは、小田原藩須走村(現在の静岡県駿東郡小山町)で、冨士浅間神社(現在の静岡県駿東郡小山町須走字日向)の神主小野家を含む37戸と、冨士浅間神社を含む3寺院が焼失した。更に、以下の寺院を含む39戸が倒壊した。
①香積寺
②西寿院
③永昌寺
又、0.8m程度の降灰のあった皆瀬川村では丹沢山中に散在する集落80戸の内、12戸が倒壊した。西暦1,703年12月31日の地震で倒壊した家を建て直した所であった。2度共被災した者もいた。江戸に居た第7代小田原藩主で老中の大久保忠増は、家臣柳田久左衛門に被害状況を調べさせた。
1,707 12 20 降灰による焼失を免れた須走村の39戸が、此の日迄に降った3m超の火山灰の重みや、度重なる震動により倒壊する。
1,707 12 21 須走村を徒目付等が視察に訪れる。
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