西暦1,624年は、日本がカトリック国との縁を断つ一方で、オランダが台湾に恒久的な拠点を築き、後の日蘭衝突の火種が播かれた年である。江戸幕府はスペイン船の来航を禁止した。スペインはフィリピンのマニラを拠点に宣教と交易を一体で進めており、幕府の禁教方針とは相容れなかった。前年にイギリスが平戸商館を閉じて自ら退去していた為、之によって日本に来航し得るヨーロッパ勢力はポルトガルとオランダの二国に絞られた。同じ年、オランダ東インド会社は澎湖諸島から転じて台湾を占領し、ゼーランディア城を建てて拠点とし、寄港する外国船に一割の関税をかけ始めた。中国商人は之を受け入れたが、朱印船で台湾に通っていた日本の商人は不当として反発した。此の関税を巡る対立は、後に長崎代官末次平蔵と台湾行政長官ピーテル・ノイツの争いへ発展し、浜田弥兵衛によるノイツの人質化と関税撤回(西暦1,627年)に至る。大御所徳川秀忠と第3代将軍徳川家光の下で、日本のヨーロッパとの窓口は此処から段階的に絞られてゆく。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,624 江戸幕府がスペイン船の来航を禁止する。
1,624 オランダ東インド会社が台湾を占領し、ゼーランディア城を建て、外国船に対し、10%の関税をかけ始める。中国商人はこれを受け入れたが、日本は反発する。
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