西暦1388年は、中山王国が明への進貢を年に二度行った年である。2月9日に汪英紫と函寧寿が明に対し南山王国として6度目の進貢を行い、2月21日には亜蘭砲が中山王国として14度目、帕尼芝が北山王国として4度目の進貢を行った。10月16日には、8月頃に出港した察度の使者亜蘭砲と同乗した帕尼芝が、其々中山王国として15度目、北山王国として5度目の進貢を行っている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,388 2 9 以下2名が明に対し、南山王国として6度目の進貢を行う。
①汪英紫
②函寧寿
1,388 2 21 以下2名が進貢を行う。
①亜蘭砲(中山王国として14度目)
②帕尼芝(北山王国として4度目)
≈ 1,388 6 以下2名が南山王国に帰還する。
①汪英紫
②函寧寿
≈ 1,388 6 以下2名が帰還する。
①亜蘭砲
②帕尼芝
≈ 1,388 8 察度の使者亜蘭砲が進貢の為、明へ向けて出港する。此の際帕尼芝も同乗した。
1,388 10 16 以下2名が進貢を行う。
①亜蘭砲(中山王国として15度目)
②帕尼芝(北山王国として5度目)