西暦1384年は、中山王国が明への進貢を年に二度行った年である。1月23日、亜蘭砲が中山王国として9度目、師惹が南山王国として3度目、模結習が北山王国として2度目の進貢を明に対し行い、6月頃に3名は帰還した。5月に出港した察度の使者の阿不耶は6月20日に中山王国として10度目の進貢を行って10月頃に帰還し、11月頃には再び亜蘭砲・師惹・模結習の3名が進貢の為明へ向けて出港している。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,384 1 23 以下3名が明に対し進貢を行う。
①亜蘭砲(中山王国として9度目)
②師惹(南山王国として3度目)
③模結習(北山王国として2度目)
1,384 5 察度の使者の阿不耶が、進貢の為、明へ向けて出港する。
≈ 1,384 6 以下3名が帰還する。
①亜蘭砲
②師惹
③模結習
1,384 6 20 阿不耶が明に対し、中山王国として10度目の進貢を行う。
≈ 1,384 10 阿不耶が中山王国に帰還する。
≈ 1,384 11 以下3名が、進貢の為、明へ向けて出港する。
①亜蘭砲(察度の使者)
②師惹(承察度の使者)
③模結習(怕尼芝の使者)