西暦1229年は、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュがインドの統治者として初めてカリフの承認を受けた年である。2月18日にムスタンスィルの使節団がデリーに到着して叙任状を授与し、イルトゥトゥミシュは銀貨「タンカ」にカリフの名を刻む様になった。4月頃にナスィールッディーン・マフムードが死去し、5月16日に牧の方が死去、7月3日に藤原為家の正室で宇都宮頼綱の娘が牧の方の四十九日法要を行っている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
1,229 2 18 ムスタンスィルが派遣した大使を含む使節団がデリーに到着する。そして、シャムスッディーン・イルトゥトゥミシュに正式な叙任状を授与した。此れは、イルトゥトゥミシュがゴール朝の属国では無く、独立した支配者としての宗教的及び政治的正当性を認められた事を意味した。インドの統治者がカリフの承認を受けたのは此れが初めてであった。ムスタンスィルのイルトゥトゥミシュの権威の承認は飽く迄形式的なものであったが、イルトゥトゥミシュは此れを盛大に祝い、デリーの街を飾り、自身の貴族・官僚・奴隷を称賛した。其の後イルトゥトミシュは新たに導入した銀貨「タンカ」にカリフの名を刻む様になった。
≈ 1,229 4 ナスィールッディーン・マフムードが死去する。
1,229 5 16 牧の方が死去する。
1,229 7 3 藤原為家の正室で宇都宮頼綱の娘が、牧の方の四十九日法要を行う。