西暦1180年は、平清盛の孫が幼くして皇位に就き、寺院への武力行使も始まった年である。此の年、定豪が円成寺にて兼豪から伝法灌頂を受け、3月18日には高倉天皇の譲位により安徳天皇が第81代天皇として践祚したが、松殿基房は安徳天皇が平清盛の孫である事を理由に日御座の御剣の献上を拒み、代わりに高倉上皇が贈った。12月30日、平清盛の五男平重衡が園城寺に攻め入り、焼き払っている。

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年月日 出来事
1,180 定豪が、仁和寺の第90世東大寺別当を務めた寛遍の弟子兼豪から、円成寺(現在の奈良県奈良市忍辱山町)にて伝法灌頂を受ける。そして、尊寿院・忍辱山流等の諸流を兼帯した。
1,180 3 18 高倉天皇が譲位し、安徳天皇が、第81代天皇として践祚する。日御座の御剣は松殿基房が献上した物の為、蔵人頭が松殿に、安徳天皇に献上するのかどうか尋ねたが、松殿は「安徳天皇は平清盛の孫の為不承知」と言った為、高倉上皇が贈った。
1,180 12 30 平清盛の五男平重衡が、清盛園城寺(現在の滋賀県大津市園城寺町)に攻め入り焼き払う。