西暦1,176年は、後の曾我兄弟の仇討ちの発端となる伊豆の私闘が起きた年である。11月頃、西暦1168年の訴訟で伊東祐親に有利な判決を下された工藤祐経が、自身の家臣である弓の名手大見成家と八幡行氏に伊東祐親の暗殺を命じ、両名は伊豆高原で待ち伏せた。先に現れたのは伊東祐親の嫡男河津祐泰で、伊東の館で三日三晩の宴会を催した帰りであった。八幡行氏の放った矢が河津祐泰の腰を貫き、河津祐泰は応戦しようとしたが力尽きて落馬し死亡した。後からやって来た伊東祐親に対しては大見成家が矢を射たものの僅かに外れ、伊東祐親は無傷であった。河津祐泰の妻となっていた満功御前は、曾我祐成と曾我時致に父の仇を討つ様言い、両名は曾我祐信の曽我氏館に預けられて養育された。又、河津祐泰が死亡した5日後、満功御前は男児を出産し、産まれた赤子を伊東祐清に預けている。満功御前は西暦1162年以来の相続を巡る遺恨の渦中に在り、元は工藤祐経の妻でありながら西暦1168年に父伊東祐親の手で土肥遠平に嫁がされ、其の後河津祐泰の妻となった女性である。父と前夫の争いが、我が子に仇討ちを託す所へ行き着いた。

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年月日 出来事
1,176 11 工藤祐経が、自身の家臣である弓の名手の以下2名に伊東祐親の暗殺を命じる。
①大見成家
②八幡行氏
大見と八幡は伊豆高原で待ち伏せした。先に伊東の嫡男河津祐泰が馬に乗って現れた。伊東の館で三日三晩の宴会を催した帰りであった。八幡が矢を放ち河津の腰を貫いた。河津は応戦しようとしたが、力尽きて落馬し死亡した。後からやって来た伊東に対し大見が矢を射たが、僅かに外れて伊東は無傷であった。河津の妻となっていた満功御前は、曾我祐成・曾我時致に父の仇を討つ様言った。祐成と時致は、曾我祐信の曽我氏館に預けられ、養育された。
1,176 11 河津祐泰が死亡した5日後、満功御前が男児を出産する。満功御前は、産まれた赤子を伊東祐清に預けた。
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