西暦1,162年は、後の曾我兄弟の仇討ちへ繋がる伊豆の相続争いが芽を出した年である。此の年頃、南宋で綿の栽培が始まっている。工藤祐経の父工藤祐継が死去し、其の後は工藤祐継の遺言により、叔父である伊東祐親が面倒を見る事となった。又此の年頃、工藤祐経が元服し、大宮御所の平重盛に烏帽子親として仕える為に上洛したが、其の間に伊東祐親は工藤家の本領伊東荘を占領した。伊東祐親は、自身の祖父である工藤祐隆が、後妻である初代大見城(現在の静岡県伊豆市柳瀬)主大見家政の娘大見玉江の連れ子の娘に産ませた工藤祐継に本領である伊東荘・宇佐美荘を継がせ、嫡流である伊東祐親には河津荘が与えられた事から、不満を持っていたのである。後見に立つ筈の叔父が、当主の不在を突いて本領を押さえたという此の経緯が、伊豆の一族の間に消えぬ遺恨を残す事となる。工藤祐経が仕えた平重盛は、西暦1152年に鳥羽上皇の五十賀に船を献じた平忠盛の孫に当たり、東国の武士が都の平氏を頼るという構図も此処に現れている。六年後の西暦1168年には、祐経が母から三荘の譲り状を含む書簡を受け取って返還を求め、六波羅に訴訟を起こす事となる。南宋で始まった綿の栽培は、後に日本へも伝わって衣料の在り方を変えて行く事となる。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / 韓国の旧暦 / 日本の旧暦 / ヒジュラ暦 / フランス革命暦 / ソビエト連邦暦

≈は「頃」を意味しています。

皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー
年月日 出来事
1,162 南宋で綿の栽培が始まる。
1,162 工藤祐経の父工藤祐継が死去する。その後は祐継の遺言により、叔父である伊東祐親が面倒を見た。
1,162 工藤祐経が元服し、大宮御所の平重盛に烏帽子親として仕える為上洛する。その間に伊東祐親は工藤家の本領伊東荘を占領した。伊東は、自身の祖父である工藤祐隆が、後妻である初代大見城(現在の静岡県伊豆市柳瀬)主大見家政の娘大見玉江の連れ子の娘の産ませた工藤祐継に本領である伊東荘・宇佐美荘を継がせ、嫡流である伊東には河津荘が与えられた事から、不満を持っていた。
皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー