西暦1162年は、伊豆の伊東荘を巡り、後の曾我兄弟の仇討ちへ繋がる争いが芽を出した年である。工藤祐経の父工藤祐継が死去し、其の遺言により叔父の伊東祐親が祐経の面倒を見たが、此の年頃、祐経が元服して平重盛の許へ上洛した間に、伊東祐親は工藤家の本領伊東荘を占領した。又此の年頃、南宋で綿の栽培が始まっている。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 1,162 南宋で綿の栽培が始まる。
1,162 工藤祐経の父工藤祐継が死去する。その後は祐継の遺言により、叔父である伊東祐親が面倒を見た。
≈ 1,162 工藤祐経が元服し、大宮御所の平重盛に烏帽子親として仕える為上洛する。その間に伊東祐親は工藤家の本領伊東荘を占領した。伊東は、自身の祖父である工藤祐隆が、後妻である初代大見城(現在の静岡県伊豆市柳瀬)主大見家政の娘大見玉江の連れ子の娘の産ませた工藤祐継に本領である伊東荘・宇佐美荘を継がせ、嫡流である伊東には河津荘が与えられた事から、不満を持っていた。