西暦1,626年は、天皇が武家の城へ赴くという極めて稀な儀礼が実現した年である。後水尾天皇が、大御所徳川秀忠と第3代将軍徳川家光の招きに応じて二条城に行幸し、五日間に渡って滞在した。此の二条城行幸に備えて二条城は敷地を西へ拡げ、本丸御殿・行幸御殿・中宮御殿が新たに営まれ、天守も移された。滞在中は雅楽の演奏・蹴鞠・能楽の上演等の饗応が連日続き、公家と武家という異なる文化圏が同じ場で美意識を共有する象徴的な機会となった。献上の品には格式に応じた誂えが施され、徳川秀忠の御太刀は金襴の袋に収められて梨地の箱に納められ、豊後国の刀工紀新大夫行平の作である御太刀も同様に金襴の袋に収められ蒔絵を施した梨地の箱に納められた。徳川家光が献上した菊御作の太刀一腰は金作りの錦の袋に入れられ、梨地に高蒔絵を施した箱に納められた。袋と箱の素材・技法の差が献上者と刀の格を其の儘映しており、行幸が徳川の権威を朝廷との関係の中で可視化する場であった事を物語る。中宮徳川和子は徳川秀忠の娘であり、後水尾天皇は行幸の三年後に和子との間に生まれた明正天皇へ譲位し、以後長期に渡る院政を敷く事となる。

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年月日 出来事
1,626 11 14 後水尾天皇が二条城に行幸する。此の際、徳川秀忠から献上された御太刀が、金襴の袋に収められ、梨地の箱に納められた。又、豊後国の刀工紀新大夫行平の作った御太刀も、同様に金襴の袋に収められ、蒔絵が施された梨地の箱に納められた。更に、徳川家光からは、菊御作の太刀1腰が献上され、金作りの錦の袋に入れられ、梨地の高蒔絵が施された箱に納められた。
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